よくご父母と話していて出てくる言葉に「方程式」という言葉があります。この方程式という言葉、若干の誤解とそれに起因する混乱があるようです。
方程式というのは、もちろん専門的には「さまざまな対象の間に成り立つ数学的な関係を記号を用いて等式などの式によって表したもの」(Wikipediaによる)です。この説明に従えば次のような等式も方程式なりますね。
5×(x+3)‐7=63
ただ、これは小学生は普通に解けます。
まず、「5×(x‐3)」を□として、 □‐7=63 だから□=70. 次に「x+3」を□として、5×□=70、だから□=14. するとx+3=14だからx=11.
上のような式を立てたから解けない、というわけではありません。
ただ、22‐5×(x‐3)=7 を
22-5×x+15=7
-5×x=7-37
-5×x=-30
x=6
とやってはダメですよ。これはもちろん、小学生は意味不明です。
正しいやり方は、くどいかもしれませんが
まず5×(x‐3)を□にして、22‐□=7、□=15.
次に(x‐3)を□にして、5×□=15、□=3、
x‐3=3だからx=6 ですね。
* * *
文字が入っているから方程式、あるいは文字が入っているから小学生はダメ、というものではありません。だから「主人はみんな方程式で教えちゃうんで、本人分からないっていうんですよね…」というセリフはすごく多く聞きますが、それ(お父さんが立てている式)がどのようなものなのか。見てみないとどういう意味で「方程式」と言っているのか分からないので判断が出来ないです。
我々が「方程式」という言葉を仲間内で使う時、こんな風に使います。
「ひでえなー、この模範解答、方程式になっちゃってるよ」
あるいは
「先生、ちょっとこの問題解いてみてもらえません?自分が解くとどうしても方程式になっちゃうんですよ。何か見落としてるんだとは思うんですが」
こんな時の「方程式」の意味するのは「二つ以上の項に未知数を含む等式」というものです。
例えば、次の問題。
「現在、優ちゃんは3才、お父さんは35才、お母さんは31才です。両親の年令の和が優ちゃんの年令の4倍になるのは何年後ですか」(H22 東洋英和)
これは中学生以上だと、一目、x年後としてに条件を満たすとして、
4(3+x)=35+x+31+x という等式を立ててxを出しますね。
でもこれはダメです。まあ、これくらいの方程式だと解いちゃう子もいるかもしれませんが、基本的には小学生に対してはダメな解き方、といわれています。「二つ以上の項に未知数を含んでいる」からですね。その前に例に引いた 5×(x+3)‐7=63 との違いはその点です。
だからこれは線分図を描き、上下の線をそろえてその差から答えを出すわけですね。倍数算にしても相当算にしても同じです。
前に「これができないと大ピンチ」の例としてあげた「水110gに食塩□gを加えたら12%の濃さの食塩水になりました」。
これも中学生は
□/(110+□)=0.12
という立式をします。で、展開して □=0.12(110+□)、 □=13.2+0.12□、 13.2=0.88□、 □=15.
この問題をあるご家庭では、お父さんが上記の解き方で教えていました。あるいは、学生の家庭教師だとこの解き方で解説して平然としていたりする。これはかわいそうです。本人は分からない、というと怒られるから「うん、うん」と聞いてはいるでしょうけど、同じような問題を同じ解き方で解け、と言われても絶対無理。
これは算数では次のように解きます。
「濃度が12%ということは、全体の重さに占める食塩の重さが12%なんだよね。ということは水の重さの割合は何%?そう、88%だよね。ということは88%が110gなんだよ。12%は何gさ」
これ、僕が最初に塾講師として雇われた時に、初めて研修の授業見学で入ったベテランの先生の授業で取り上げられていた問題です。もう、何と言うか、電流が走りましたね。感動、というのかなんというのか。水の割合から全体を出す(あるいは食塩を出す)。鳥肌たったの覚えてます。そして「あー自分の頭、固くなってるなー」と。
つるかめ算だって、すごいと思いましたよ。
「50円玉と10円玉が併せて15枚あり金額の合計は430円です。50円玉は何枚ありますか」
普通、大人は 50x+10(15-x)=430 ですよね。
それを「全部50円玉だったら合計は750円、1枚10円玉が入ったら合計は710円。2枚10円玉だったら合計が670円…」なんてやってると、子供たちが口々に「わかった、わかった」と嬉しそうに叫ぶ。
今思えば、あの瞬間、あのベテランの先生の授業を見せてもらったあの瞬間、僕は算数指導の虜になってしまったのかもしれません。
そのころ、駆け出しで算数が右も左も分からなかった僕は、文章題を見たときにまず最初に「何をxとするか」という目で見ていました。それでは算数の問題はダメなんです。その見方をしている限り、絶対に子供の目線にはなれない、と気づきました。それからとにかく線分図、面積図を描きまくりました。そうしているうちに、いわゆる「算数の解き方」がマスターできました。
そうそう。方程式といえば、不思議な都市伝説がありますね。
「算数の試験で(入試で)、方程式で解くと×にされる」
(笑) これは大嘘です。 だって、方程式で解く方が上位にあるわけですよ、学問的には。上位にある解き方で解いて×にされるわけがない。
これは何十人もの中学校の数学の先生に尋ねたので自信を持って「嘘」と言えます。よくありがちな受験にまつわる都市伝説ですね。
* * *
さて。
たまにお父さんにこういう風に聞かれることがあります。
「先生、でも方程式をつかえるようにした方が、算数は有利じゃないですか。だからいっそ方程式で解けるようにしちゃおうか、と」
うーん。気持ちは分かりますが、やっぱりそれは無駄が多いと思います。
というのは、上記に挙げた年令算でも食塩水でもつるかめ算でも、それを方程式で解こうと思ったら、移項して同類項を整理することができないといけません。そのためには負の概念が必要になります。どうしても。さらに文字式の決まりも必要ですよね。例えば「3×a×5×bは15abになるけど5a+7bはそれ以上計算できない」とか。だからこそ、普通の中1のカリキュラムだと、1学期の間、たっぷりと正負の数と文字式に時間をかけ、ようやく2学期に方程式に入るようになっているんです。
それを算数の勉強の傍ら、受験生にマスターさせる。一度マスターさせただけでは意味がないので、入試までずっと使えるように維持しなくてはならない。しかも、過去問集をちょっとひも解くと分かりますが、方程式での解法を知っていれば楽な問題、というのはそんなには多くはないんです。実は。それどころか、ある種の相当算など、方程式を使うとかえってハマる問題さえある。
それを考えたら、方程式をマスターし、かつ忘れないようにする練習に費やす時間を、他の勉強に当てた方がずーっと良い、と僕は思っています。