おはようございます♪なるほどなぁ、と言うお話しを紹介しますね。

 「アイコンタクト」という言葉を聞いたことがありますか。目でコンタクトをとる、つまり、話すときは相手の目を見るということです。英語など外国語を習うとき、「アイコンタクトをとって!」としばしば指摘されます。国によっては、親子の会話などで、アイコンタクトをしっかりと躾けています。

 日本人は、伝統的に伏し目の視線を使います。それは謙遜(けんそん)や謙譲(けんじょう)という、相手を敬うが故にひかえめでいるという美徳です。時代劇などで「ははーっ」と、平伏してお上の意を伺うあのシーン。今日でも、目上の人に面と向かって話したり、直に目を見て受け答えると、多少気が引けたりすることがあります。

 私は、初めてアイコンタクトを意識したとき、ちょっと新鮮な印象を受けました。それまでの修行中とは正反対の感覚だったからでしょう。

 「お前のその仏頂面(ぶっちょうづら)は何とかならんのか?」よく師匠にからかわれたものです。「少しは笑ったらどうじゃ?」私はよほど無愛想というか無表情だったのでしょうか。いや、そればかりが理由ではありません。

 「新米の三年は白歯を見せず」、「上の者から黒と言われれば、白いものでもそれは黒」 空恐ろしい言葉ですが、私たちが入門したとき、伝統に従って先輩僧からこのように厳命されたものです。やはり平伏して聞いておりました。

 修行というものは、それまで生きてきた各人の価値観や思い込みを砕くところから始まるもので、個人尊重などというわけにはいかないのです。師匠は、一方で弟子の仏頂面を修行の成果として喜び、他方、本当にとらわれのない柔軟な心が弟子の表情に現れてくるのを待っています。

 余談はさておき、今の時代、アイコンタクトはもっと意識されるべきと思います。世の中は多様化し、色々な人がおります。考え方や価値観も様々です。その中で明確な自分の主張を持ち、他の人としっかりとコミュニケーションをとるために、どうしても欠かせないものです。

 目は雄弁です。「おはよう」、「ありがとう」という挨拶。相手の目を見て言う方がはるかに気持ちよいです。家庭でも、学校でも、会社でも、意識してアイコンタクトをとってみてはいかがでしょうか。目を見ることで、より一層のコミュニケーションが図れます。何よりも人と人の信頼関係が深まるように思います。

 仏教では、慈(いつく)しみに満ちたやさしいまなざしを「慈眼(じげん)」と言っております。仏様の目です。温かい心は自らの目を通して相手に伝わります。豊かな目の表情は、誰でもいつでもできる立派な布施、他者への施しであるとも言われるくらいです。

 最後に、目は心にもあります。心の目で見てください。それは、本当の真心(まごころ)、真っ正直な心で人に接すること。何事にも心で接することの大切さを仏教は説いています。
 


目からの表情は、他者への施し・・・・目からウロコでした。