松月堂の創業は昭和二七(一九五二)年。調布駅はまだ調布銀座の南側入り口の目の前にあった。翌二八年に調布駅が現在の場所へ移転してからも調布銀座は大いに賑わった。
昭和三〇年代に入ると高度経済成長の波に乗って商売繁盛。クリスマスの時期には山と積まれたケーキの箱が飛ぶように売れた。稲田堤駅の近くにも支店を出して、住み込みの職人と店員を二〇人ほど抱えていたという。
七〇年にわたる松月堂の歴史に幕を降ろす。決断をした三代目の市川隆輔さんは、「感謝の気持ち半分。申し訳ない気持ち半分」と心のうちを明かす。祖父母が創業し、父母から受け継いだこの店の伝統の灯を消してしまうのか――。
本店の入口の脇に竹の腰かけと小さなテーブルがある。いつからそこにあるのか、隆輔さんにもわからない。そこに座っていると店の前を通る人が声をかけてくれる。他愛ない会話が交わされる。それがなによりうれしい、とほほ笑む。
時代の移り変わりには逆らえず、新たな道をゆくも道理。ならばせめて松月堂の名を覚えておきたい。このまちの大切な記憶として。(完)
(『そよかぜ』2021年5月号/このまち わがまち)