神津島空港は静かに風が流れている。村落までおよそ三〇分の道をひとり歩く。強い日差しを避けるように木立の陰を探すと、鳥の声と港の船の警笛が聞こえてくる。島の道は入り組んでいるから、ところどころに立っている道案内の矢印が頼りだ。
「ありま展望台まで一・一㎞」。
 海に面したその高台からは目の前に前浜、神津島港。目を上にやると天井山がそびえ、水平線のはるかに新島、伊豆半島が姿を見せる。雲の様子も、風の様子も、気候もなにひとつ不満のない天国のような場所で読みかけの本をめくっていると、ひとりの女性がやってきた。「クジラの親子が来ているそうです。ここから見えるかなと思って」と双眼鏡をしきりにのぞき込む。
 港にある「よっちゃーれセンター」で昼食。金目煮付定食がばかにうまかった。ほかにすることもない。宿で昼寝をして、近所の小さなスーパーで買い込んだ夕飯を食べて、夜は満天の星空を見に再び展望台へ。
 同じ東京都、同じ販売所の新聞が届くまち、同じ空の下に、こんなにも別世界が広がっているなんて。まだまだ知らないことだらけだ。(完)

★編集室より★
 本年も「そよかぜ」をご愛読くださいまして誠にありがとうございます。編集担当として八度目の師走を迎えることになりました。年の瀬恒例のごあいさつとともに、あらためて感謝申し上げます▼「目から遠いと心からも遠い」(フランスのことわざ)。他者との物理的な距離はそのまま心の距離に結びつきます。表情の見えないマスク生活や温もりを感じないソーシャルディスタンス生活が続けば、私たちの心はどこか遠くへ追いやられてしまうかもしれません▼本紙の役割は人と人とをつなげること。小さな出来事に気づき、ささやかな幸せを拾い上げる。これからもこのまちの人々の息づかいを届けたいと思います▼今年は寒い冬になるようです。体調管理にはくれぐれもご留意ください。年の瀬のひととき、そして、どうぞすてきな新年をお迎えください。(編集担当・H)


(『そよかぜ』2021年12月号/このまち わがまち)