ここシンガポールは東南アジアのハブで、周辺諸国から様々な文化が入ってくる。食についても然りだ。構成民族の食文化である中華、マレー、インド料理はもちろん、和・洋・韓・タイ・インドネシア料理、選び放題……と、思っていた。改宗するまでは。
食の都シンガポールで、私がイスラム教徒(ムスリム)になって真っ先に不便を感じたのが食事だった。ムスリムが豚を食べてはいけないことは割とよく知られているが、豚肉だけでなく、ハムやソーセージなどの豚肉の加工食品、ラードやゼラチンなど豚由来の成分が入っている食品も食べてはいけない。
豚以外、牛や鶏であっても、ムスリムの屠殺業者が祈りを捧げ、適切に血抜きをしたものでなければならない。また、飲酒やアルコールの入った食品も禁止だ。醸造過程でアルコールを発生する醤油やみりんも当然だめ。ということは、今まで慣れ親しんできた和食は大半食べられないということになる。
一見問題なさそうなスナック菓子なんかでも、成分表をよく見るとポークエキスが入っていたりして、なかなかすぐに見分けるのは難しい。そこで役に立つのが「ハラール認証マーク」だ。ハラールとは、アラビア語で「許されている・合法」という意味で、特定の機関によってイスラム法で食べても良いと認められた食品や飲食店に与えられる認証だ。
シンガポールに新しい飲食店がオープンするとき、ムスリムがまず気にするのはハラール認証を受けているかどうかだ。ハラールだった場合、もしくは既存の飲食店が新しくハラール認証を取得した場合、ムスリムは歓喜し、口コミが広がる。それはまるで自分たちの存在が認められたか、無視されたかくらいの大きな関心ごとなのだ。
店側にとっても、人口の14%を占めるムスリムの存在は無視できない。ムスリムでなくても、ムスリムの同僚や友人と食事に行くときはやはりハラールの店を優先して選ぶし、ムスリムの外国人労働者も多いため、認証のあるなしによって、売り上げが大きく違ってくる。
最近は、和食を含めハラールの店も多く、豚肉を鶏肉に置き換えたものや、醤油・みりんなども手に入るのでとても便利だ。しかし、「食べてはいけないものがある」と言うのは案外ストレスだ。だめと言われると余計にしたくなるのが人間の性。暑い日、冷えたビールと熱々の餃子の味を時々思い出す。
サルマ