お家時間も長くなると、いよいよ爪の手入れに時間を費やすようになる。はじめに、ヤスリでていねいに角を削りながら、丸みが出るように形を整える。その上にベースコート(透明色)を塗り、爪の表面を滑らかにする。好みのポリッシュ(塗料)を2色、重ねるように爪にのせたあと、乳白色を上から混ぜ合わせたら、ニュアンスネイルの完成。
ニュアンスとは、フランス語で「あいまいな」という意味。言葉通り、ぼんやりとした曖昧なカラーを楽しむのが、ニュアンスネイルの醍醐味だ。それぞれの色の個性を消しすぎず、かといって残しすぎるのも垢抜けない。絶妙なバランスを保たなければ、ニュアンスネイルとは程遠いものになってしまう。曖昧さを追い求めた先に、美しいアートと化すニュアンスネイル。
では、ヒトの記憶はどうだろうか。曖昧な記憶は、美しいだろうか。
米・ソーク研究所のテリー・セチノウスキー教授が主導する研究チームが、脳全体は約1ペタバイト(1,024テラバイト)の情報の記憶が可能である、ということを発表した。これは、書類をめいっぱい収納した4段式キャビネット2000万個分の文字情報に相当するらしい。そして、ヒトの記憶には、〈ずっと覚えている記憶〉と〈短期で忘れてもいい記憶〉がある。よく使われる記憶を蓄え、使われない記憶を消去して情報を整理するという働きがあり、その人にとって重要な情報と、そうでない情報を脳が仕分けているそうだ。
昔馴染みの友人と学生時代の話になったとき、相手は鮮明に覚えていることを、自身はまったく覚えていないか、ぼんやりとしか思い出せないのは、当時の私にとって重要な出来事が、いまの私には、重要ではない出来事に位置付けられているから、ということだろうか。
〈ずっと覚えている記憶〉と〈短期で忘れてもいい記憶〉――。だとすれば、いま起きている現状を曖昧な記憶ではなく、鮮明に覚えていたい。いずれ過去の出来事として、写真や動画に残る日がくるだろう。しかし、そこに映らない感情があったことを、記憶に残していたい。
比屋根ひかり