備忘として書きます。
明日、1カ月半ぶりに自宅に戻ります。
というのは、地元の県立高に通っている子供の
大学受験の間に自分が風邪などひいても影響
しないようにと近くのワンルームマンションに自主
避難したためです。
あれは3年前、子供の県立高受験直前、私が庭で雪
かきをした時に体調を崩してしまい妻が(子供のことを)
心配した姿を目の当たりにして、咄嗟に近くのビジネス
ホテルに3泊4日急遽避難したことがトラウマになって
いたので。(あと妻は元看護師なのですが、近所の
看護師仲間に話したら、おたくのご主人変わっている
わねぇと笑っていたそうです!(^^)!)
今回も自分にできる(変な)協力はここまで・・・
ところで、話を東京マラソンに戻しますと、
当日は御覧のとおり、空港なみのセキュリティチェックされました。
(さすがにX線モニターはなかったけれど・・・)
当日は、都庁付近は人・人・人・・・・・・
スタートは9:10
そして、10:00には子供の第一志望の早稲田の
文学部の発表を控えていました。
子供は幼少(1歳ぐらい)の頃から文字自体が
大好きで、チラシも含めて何でも文字があるもの
を長時間眺めている子でした。
私は、文字が今でも苦手で読書にも抵抗があり
ます。小学校の時に「天才バカボン」の漫画を見
ていたとき、父親が漫画ばかり見るな・・・と言った
そうですが、母親は父親を逆に叱ったそうです
・・・何言っているの、やっと本を見たじゃないって
!(^^)!
ブログも上手く書けないという苦手意識があり
ます。
こんな感じなので、私は大学も1年目は全滅・・
2年目も早稲田は記念受験で文学部と教育学部
を受けましたが全く歯が立たず。受かるはずもない
と思っていたので悔しみも感じませんでした。
(高校まで成績もそれぼどでもなかったから)結局、
立教の社会学部(社会学科)に受かっちゃったの
もまぐれに近いです。立教には今でも入れて
もらって感謝しています。早稲田は受験面では
雲の上の存在だったので(マラソンで言えばサブ3
みたいなものなので自分が2時間台で走れなくて
悔しいなんて感じないのと同じ感覚!(^^)!)
私(妻も)は、子供に生まれてから今日まで1度も
勉強しろとかここの大学行けとか言ったことが
ありませんし言えません。
妻も然り。(ただ碁は幼稚園の時に半ば強制的に
子供が集まる教室に連れていっちゃいましたが・・・
今、申し訳なかったと反省しています)
だから、子供が受験する大学名を知ったのも12月
に入ってから・・・(自分が浪人したので、子供が大学
行きたかったら2浪までぐらいは長い人生考えれば
何でもないからOKなんて考えていました。高校の
3年間は私の年収も低いので授業料
は1円も払わずに無償で通えたし・・・)
子供は津田塾(センター)・明治(センター)・上智(一般)
・早稲田(一般)を受験。因みに早稲田は志望順では
文学→文化構想→社会科学→教育でした。
(自分は何となく1年目は青学・立教・早稲田を受けて
全滅)
東京マラソンスタート時点で子供は津田塾・明治・上智
は全て合格していましたが、第二志望の早稲田の文化
構想学部は失敗・・・
その後、大分ショックだったのか、第3志望の早稲田の
社会科学部は受験場に行く途中で体調が良くなく、
自宅に帰ってきてしまいました。(これで受験生活は
終わりました) 子供は早稲田を私とは違って本気で取り
に行っていたのだと思います。残るは、早稲田の文学部
と教育学部の発表を残すのみとなりました。(文化構想
学部の発表前に文学部と教育学部を受けてしまってい
たのでこの点は良かったと思います)子供はこの時点で
上智に行くことになりそうだと思っていたそうです。
東京マラソンを走りながら考えていたこと・・・
子供はどこの大学に入ったとしても心からよく頑張った。
大したものだと言おう。(自分だったら現役では明治も
上智も早稲田も無理だし一浪しても読解力ないので
全滅する可能性もあり)
そもそも、子供が今自分の目の前にいること自体が素晴
らしいことだし、子供も自分も生まれたのは大学入るため
に誕生した訳じゃない。楽しく人生過ごすためにきっと
お互い生まれてきたのだから結果がどうであろうと大し
たことじゃない。もっと大切なことはたくさんある。上智で
子供の頃から興味のある勉強できれば素晴らしいことじゃ
ないか。なんてことを考えて走っていました。
ただ、15Kぐらいで大迫選手とすれ違ったのですが、周り
のランナーは大迫選手にエールを送っていましたが、
思わず自分は子供のこと考えると下を向いてしまいま
した。(情けないちっちゃな自分がいることを思い知らさ
れました)
ただ、どんな環境でも6分/Kでゴールするのが今日の
目標でしたので一生懸命走りましたが、35K過ぎるころ
から、あぁ今頃は結果がわかって
いるのかと思うと、急にドキドキしてしまい(心拍数が上
がってしまい)
足はそれほどでもないのに苦しくて走れなくなってしま
いました。
そんな中、40K地点で給水ボランティアをなさっていた
ブロガーさんにお会いできた一瞬はまさに砂漠のオア
シスといったところでほっとしました。
そして、何とか、残り500mに差し掛かった時、右手に
「早稲田走友会」の幟が・・・・すごく辛かった・・・・
ちっきしょうと心で叫んでなんとかゴールしました。
ゴール後はぐったりしてしまい、何とか荷物を受け取り
携帯を取り出してたとえ、今日がダメでも明日の教育
学部の発表があるしと思いながら妻からのメールを
見たら「サクラサク」の文字が・・・
この瞬間、「えぇ~えぇ~」って10回ぐらい叫んじゃ
いました。(翌日の教育も合格できたので子供には
受験面では頭が上がりません(^^♪)
1週間たった今でも子供が早稲田って不思議です。
子供に神宮行こうよっていったらお父さんとはいゃ
だ~って・・大したもんだねって言ったら、早稲田は
国語ができないと受かんないよって(文学部の社会
<世界史>は自己採点したら半分もとれなかった
そうです。
配点は国語と英語が高かったので受かったのかも・・・)
お父さんは本が嫌いだからダメだったんでしょって・・・
子供には意見しませんが卒業するときにいろいろな面
で成長してくれたらなと思います。
入学式に行きたいと言ったら、いやだと言われましたが、
自主的に勝手に熊さんにご挨拶しにぶらりとでかけたい
と思います。
あと今でも早稲田受験時に問題文を通してお世話に
なった会津八一さん(八朔先生)にご挨拶しに・・・この点
いまでもはっきり覚えています。早稲田って変な大学って
思いもあります。後日書いてみようと思います。
とにかく精神面・体力面ですごく疲れた思い(想い)出深い
東京マラソンの1日でした。
自分は、いままでどおりランニング・碁・ギターを
楽しんでいきたいです。