一人の時間、みんなとの時間。 | そよぎめぐみブログ

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私は平気派!



私は、一人でいる時間も必要で、
みんなといるのも必要なタイプです。
普通なんじゃないかと思ってます(笑)。

でも一人だと寂しくて怖いって人もいるし、
逆に一人でいる時間だけでもいい位の人も、
いるのかと思います。


ここからはいつも通り、結構な勢いで私見、
あるいは考察の結果に過ぎませんが。


一人の時間と言うのは、
自分や物事と集中して向きあうために
あるものだと思うのです。

グーッと中に入り込んで、
深い所にあるものを探ったり、
普段見つけられないものをみつけたり。

みんなとの時間と言うのは、
逆に外へ広がって行く時間です。

頭の中にある考え、心の中にある感情、
そんなものを小出しに晒しあいながら、
「そんな風にも考えられるか」と思ったり、
「これは歪んだ見方かな?」と確認したり。


ここから考えて、極論していくと。

一人が苦手な人は、
自分と対話するのが苦手な人とも言えます。

自分の本心を知るのが怖くて、
人といることで紛らわせたいと言うか。

逆に、常に一人でいたい人は、
人との対話で価値観が揺らぐのが苦手な人。

あるいは、人の価値観の歪みに付き合うのは
面倒だと思う、孤高の人でもあると言うか。

いずれも、寂しがりがいけないとか、
人嫌いは悪いとか言うことではありません。
どちらかにとても偏る理由を考えるとすると、
こんな感じで集約されがち、と言うことです。


私たちは「自分」と言う個人でありながら、
社会の中の「一人」でもある、そう考えると、
本来、一人の時間もみんなとの時間も大切。

音楽なら、個人練習と全体練習みたいなもので、
一人の時は「弱点を克服する」練習をして、
全員でやる時は「合わせる」練習をするみたいな。

そうしないと間違える場所でいつも間違えたり、
一人で演奏するとうまいのに合わせられなかったり、
特徴的な偏りが目立ってしまいます。


こだわることは、よいことです。
ただ、偏っているだけなら、ちょっと勿体ない。
合わせることは、よいことです。
ただ、合わせているだけでは、自分が可哀想。

こだわりから偏りを排除するためには、
様々な人との会話は、かなり重要なものです。
偏りは、一か所から物事を見ると起きて来ますが、
人の視点を借りることで、そこを克服できます。

「合わせる」を「協調性」に変えて行くには、
突き詰めて考えることは必須事項です。
その場しのぎで立場を変えるのではなく、
自らのスタンスで折り合いをつけるためには、
自分が何をどう思うか、知る必要があるから。

自分を持ちながらも、人と争いにならない。
こだわりの知恵を、人と自分の役に立てられる。
このバランスの良さが「大人」ってヤツなのかも。


そして、その第一歩が、
自分のことを自分で知るために考え、
いろんな人と話すことで歪みを減らす、
そんな時間をもつ所にあるのかな、と思います。

一つ、気をつけたいのが。

誰かとの会話や、自分との対話だけで、
最終的な結果に到達したと思わないこと。

「自分って無力」「能がない」と思ったり、
逆に「自分って神!」「何でもできる!」と
思ったりしても、それは自分のほんの一部。

何せ、脳みその97%は使われておらず、
加齢と共に成長する能力だっていくつもあり、
私たちの可能性は、いつだってMAXに残ってる。

一瞬の結果で全て決まるなんて思うのは、
自分に対してあまりにも失礼です。

この世で唯一の自分を慈しんで、
人生と言う素敵な音楽を奏でていきましょう☆






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