以前はよく比較されていた、我慢と辛抱。
近頃では、辛抱と言う言葉をあんまり、
聞かなくなった気がします。
でもね、似たような言葉ではあっても、
かなり方向性の違う言葉なんです、この二つ。
これからの時代は、我慢より辛抱が大事。
そんなことを踏まえて、話をしていきます。
我慢は、じっと自分を抑えることがメイン。
更に言えば、その奥底には、
「私はあなたより偉い分だけ、
自分を制御してあげています」
と言う、ちょー上から目線な意識があります。
なので、子供の頃には、年上の子が、
年下の子のために我慢すると言う図式は
あってよいのですが、大人になってまで、
長々と続けることではないんですね。
ちょっと想像してみてください。
「お前のためを思って我慢してるのに!」
と怒鳴る旦那さま。
「私だって我慢してるわよ!」と奥様。
このセリフの前後には、
本当はこうしたいのに、と言う欲求と、
相手のせいでできない!と言う怒りと、
その二つしか、感じられませんね。
両方で、本来自分の思いが通って当り前、
そう思っているから、ガチンコバトルに
なっちゃってます。片方が折れるまで、
終わりも見えません。くわばらくわばら。
一方で、辛抱。
「辛さを抱える」、つまり忍耐がメイン。
我慢のように、
何かしたいのを抑えると言うよりは、
どんなことがやってきても持ちこたえる、
粘り強い受け身の姿勢ですね。
起きて欲しいことが起きなくても、
じっと待てる強さにもつながります。
自分の思いは、通って当り前ではなく、
思いを通すためにどうしたらよいかを、
冷静に、しっかりと考えるスタンス。
なので、辛抱をしあっている同士は、
怒鳴りあうなんて無駄なことはしません。
感情に振り回される暇があったら、
少しでも早く辛抱が終わるようにと、
知恵を合わせて先に進もうとします。
「えらい俺様が自分を抑えつけて、
周囲に合わせてやっている」時代から、
「様々な辛さを乗り越えて、
自分のデザインした人生を生きる」時代へ。
今は、ちょうど過渡期なんですね。
早い人は、とっくに自分の人生は
自分のものとして生き始めているし、
そうでない人も、否応なく変化を始める。
自分を養うための職業とは別に、
自分の心や魂の満足を得るための活動が、
どうしても必要になってくる時代。
まだ我慢だけをしているようなら、
そろそろ、切り替え時です。
辛抱もたまらんなと思うなら、
突然100%どっぷり浸かる必要はないです。
私たちのバランスに合った、
「正しい」方向へ。光の射す方へ。
少しずつでいいんです。
自分が自分を大切にできて、
同じように頑張る人も大事にできるような、
そんな世界へ。
少しずつ、行きましょう☆