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とうとう電車が着いてしまった。
「最後に降りよ」
涙っぽいわたしを見て
はらぺこくんが言った。
電車から吐き出された人の波にもまれ、
駅構内を歩く。
ここはもう、大都会、東京なのだ。
思わず、はらぺこくんの手をにぎる。
「あっ 手をつないでいいのーーー?」
おどけて言う、はらぺこ。
「えー
別にいいじゃん。」
どういう風にクロージングしていくのか
全然わからないけど
わたしの中では、まだまだ猶予期間のつもりだった。
だって、はらぺこくんの手の中は
こんなにも気持ちいい。
「もうHもしないでしょ?」
「まだ、するんじゃない?」
「そうなの?」
「8月はお別れ月間だって、言ったでしょ?」
不思議なことに、わたしの中では
はらぺこくんともうセックスしないとは、
まったく思えないんだった。
「あ、でも、はらぺこくんが
もうそんな気になれないかもね。
どうせお別れするんだ、って思うと」
すると、はらぺこくんはわたしの手を引いて
駅構内のすみっこのスペースへ連れて行った。
「そんなことないよ。
だって今だって、すごくしたい。」
「あはは~♪」
ちょっと呆れて笑ったけど
わたしは、はらぺこくんの伸びやかな性欲を向けられるのが
とても心地よくて好き。
「そだね。
わたしも、もうはらぺこくんと
できなくなるのは、悲しい。
すっごく楽しいよね!
はらぺこくんとだから、できたことが
すっごくたくさんあった!」
「そうだよ。
こんな人、ほんとにいない。
5年もセックスし続けても
まだ、なんて人はいなかったよ。」
「うん。
全然飽きてないもん😊
だけど、もし他にそういう人ができちゃったら
もう難しいかな~。
はらぺこくんは、気にしないだろうけど
わたしは、充電池のつながってる人しか、嫌なんだよね。」
残念そうな、はらぺこくん。
それこそ、わたしにも、
男女の関係のないパートナーができれば
はらぺこくんと繋がり続けることも、アリなのかもしれない。
そんな男性、いるのかな?
はらぺこくんちみたいに、
長く一緒にいる間に関係性が変わるのは自然だろうけど
最初から、それでいいっていう人は、いなそうだよねぇ?
まあでも、物事は自分の想像の枠なんて
軽く超えていくものだから、先のことはわからない。
「あーあ
なんでずっと一緒にいられないんだろう」
はらぺこくんの首根っこに両腕を回して
見つめた。
「状況が変わったんだね」
わたしは、ふと俯瞰して見て、語り出した。
「はらぺこくんと付き合っている間
わたしは、家も仕事も安定していた。
すごく忙しかったけど
流れに乗っていれば回せていられたの。
そういうときは、はらぺこくんとの時間で
すっごく元気が出た。
でも、今、転換期に来たでしょ?
わたしは次のステージを、
本気で作らなくちゃいけなくなった。
現実を動かす力が、すごく必要になったの!
そうなると、無意識のところでは、影響があるんだよ。
はらぺこくんと付き合っていると
現状維持しようとする力がつい働いてしまう。
恋愛だけじゃなく、仕事や暮らしにもね。
今は、そういうの全部取っ払って
新しいエネルギーが必要なの!」
話しながら、自分がどんどん興奮して
見ぶりが大きくなっていくのを感じた。
見つめていたはらぺこくんは
「よおし!」
と、力強い声で言った。
「今、すっごくいい顔してる!
大丈夫だ、って思った。
ここのところ、浮かない顔していることが
多い気がしてたけど、今は違う。
そうなったら、邪魔したくないからね。
だんだんと、寂しくないように離していこう」
はらぺこくんから、”お父さん”を感じた。
たくましく、頼りになる太い声だった。
わたしが思ったとおり
はらぺこくんは、親離れしていく子を
ちゃんと見守って立っていられる人だった。
わたしの船は、とうとう船出するんだ。
はらぺこくんが
スーッと、海へ力強く押してくれたのだ。
あんなに旅立ちたいと思ってたのに
そうなってみると、ものすごい寂しさに襲われる。
だけど、わたしはたしかに、いい顔をしていたんだろう。
解き放たれる・・・・
自由になる。
ああ、わたしたちは、本当にがんばったんだ。
5年の間。
ただただ、いっしょにいたいがために。
離れがたくて、駅のホームでベンチに座り
2本くらい、電車を見送った。
「はらぺこくん
絶対に、お庭からいなくならないでね。
話しかけたら返事をしてね。」
そんな風にぐずるわたしを
はらぺこくんは笑顔でなだめ
「ほら!!」
と、3台目の電車が来たときに、
わたしの両肩を強い力でポン!!っとたたいた。
行かなくては。
わたしは、おずおずと、電車に乗った。
すると、ちょうど反対側にも電車が来て
はらぺこくんは、そっちへ急いだ。
人混みの中で、はらぺこくんの姿を見失ってしまった。
どこの車両に乗ったんだろう?
いつも、わたしの車両が走り去るまで
ホームで見ていてくれるのに。
電車の窓に顔をくっつけ
あちこちの車両に目を走らせたけど
見つからないまま、電車はホームを走り去り
わたしは、車両の中に立ち尽くした。
ちゃんとやり遂げた余韻、疲れ・・・
キラキラした緑の田んぼ・・・
いろいろなものが去来していた。
最後の冒険の日。
ここまでお読みくださって、ありがとうございました。
(おしまい)
5年間の感謝と、黙殺しきれない不満。
わたしは、どこかで感じていた。
ピアノを習わせてもらえなかった、と恨むお子さんと同じ。
あふれんばかりの、してもらったことを棚に上げて
足りないところを容赦なく突く。
なんて残酷なわたしなんだろう。
はらぺこくんを、絶望させてしまった。
だけど、我慢していたことを
いったんは吐き出してあげないと
優しくなれないんだと思う。
「でも、わたし、はらぺこくんに
すっかり懐いちゃってるでしょう?
はらぺこくんみたいで、一緒に遠くへ行ける人
そんな人、ほんとに見つかるんだろうか?
わたし、絶対すごく寂しくなると思う。」
「はらぺこくんには、わたしのホームになってほしいの。
港みたいな感じ。
いつでも帰れる場所であってほしい。
虫がいいけど。」
「いいよ。
それは全然大丈夫だよ。」
はらぺこくんは、優しい笑顔を
わたしに向けた。
まるで親のように深いはらぺこくんの愛を感じて
わたしは安堵した。
わたしたちは、また手をつなぎあった。
「偶然ゲームで知り合って
こんなにも続いて
なんかご縁があるんだろう。」
「そうだよね。
恋庭で、他にはらぺこくんみたいな人と
会える気が全然しない。
奇跡みたいだよ。」
はらぺこくは、うなずいた。
少し間があって、彼は口を開いた。
「これから、どうする?」
限りなくまろやかな、はらぺこくんの手は
わたしの決心を揺さぶるのだった。
「はらぺこくんの9月の誕生日は
ちゃんとお祝いするよ!」
「そんな先?」
「いや、その前も会うよ!
いきなり離れるのは耐えられないでしょ?
だから、8月はファイナル月間にしようと思って!
まずやりたいのはね
スマホの写真をいっしょに見るの!!
現在から、少しずつ遡って
ああ、こんなことあったなあって。
最後は一番始まりにたどりつくの。よくない?」
はらぺこくんは、苦笑して聞いていた。
「それから、思い出の場所を
いっぱい訪れよう。
夜の公園とか、いつも行く居酒屋とか。」
「いいかもしんないね。」
「恋庭も続けるよ。
あれは、絶対やめたくないの。
はらぺこくんと出会った場所だから。
あそこで話す、はらぺこくんがすごく好きなの。
内容も、アバターのファッションも。
リアルなはらぺこくんとおんなじくらい。
話す時間が好きだった。
今までみたいなチャットはしなくてもいいけど・・・」
「うん。
あれが繋ぎ止めてくれていた点は大きいな。
ほんとに、こんなに毎晩チャットをした人は
他にいないよ。」
2年くらい前に、はらぺこくんが
「今までのチャットを並べたら、富士山くらい、
いくんじゃないか」
って言っていた。
今では、エベレストも超えちゃうかもしれない。
一切の義務感はなく、ただ、ただ、会話を楽しんだよね。
「はらぺこくんは、
わたしの故郷に来てくれた、2人目の人だよ。
ダンナさんの次。」
はらぺこくんは、笑った。
「中には入れなかったから。
ダンナさんの次に近づいたな。」
田んぼを散歩しながら
昔、元夫と大学生のころ、
留守中の実家に、こっそり入った話をしたんだった。
両親はまだ勤めていて。
日中、ふたりで訪れて、中に入って
色々見せたり、ちょっとHなこともしたりした、って
話したんだった。
終着駅に着くころには
そんな風に、すっかり和やかな雰囲気になっていた。
忘れたくなくて、細かく書いてたら
まだあと、1回、かかりそう~~~💦💦
(つづく)
わたしたち、本当に最後なんだろうか
帰り道で、ケロっと
「なんだかんだ、やっぱり一緒にいよ!」
って、なったりしないのだろうか・・・・
道中、ときどき
そんな空気を探り合っていたのかもしれない。
でも、うどんを食べ終わり、
いよいよ最後の電車に並んで座っているとき
わたしは、感じていた。
もう、くつがえらない、と。
そして、はらぺこくんは
わたしの結論をじいっと待っている。
そう感じた。
隣のはらぺこくんの手を
無言で握った。
それから、ゆっくりと手首からひじへ
いつものようにそおっとなぞる。
汗ばんでしっとりなめらかな感触を味わいながら。
はらぺこくんも、わたしの手を握り
ぎゅっと力をこめる。
しばらく、無言でつなぎあっていた。
この手は、まだまだわたしのもの。
限りなく甘く
手離せる気がしない。
だけど、終わりが近いことを、どこかで知っている。
はらぺこくんの手は、ほどかれ
わたしの腿の上に置かれた。
スカートの上、温かくなでる。いつものように。
わたしは、優しくその手を取り
そおっと、彼のほうへ戻した。
見返す、はらぺこくん。
「今日は、ありがとう。
わたしの行きたいとこに付き合ってくれて
本当にうれしかった。」
そんな風に切り出したんだっけな?
あまり覚えていない。
わたしは、意思表示せねばと思っていた。
今、充実した冒険の終わりに
それでも出航する汽笛は止まないということを。
「今までも
本当にたくさんたくさん
付き合ってくれた。」
はらぺこくんは、取り乱したりしなかった。
でも、笑顔が消え、目が一瞬ゆらゆらと揺れたかと思うと
ふっと息を吐いて、にこっとわたしに笑顔を作ったり。
「付き合ったなんて、そればっかじゃないよ。
自分も行きたくて行ってたんだし。」
はらぺこくんは、よく言っていた。
こんなに一緒に出かけた人は、人生で他にいない、って。
「いつから、そう思ってたの?」
「んー、この前?
岬に一緒に行った後。」
「そうか、ついこの前か。」
「うん。突然、緑色の田んぼが浮かんで
ああ、次はここへ一緒に行きたい、
それで、区切りになるんじゃないか、って。」
はらぺこくんは、少しだけ予感がしていたけど
まだまだ、こんな急だとは思っていなかった、と言う。
「でも、考えみたら
ここ2年くらい、ずっとそうだったもんね」
はらぺこくんは、寂しそうに言った。
そうだったかな。
最初の頃に比べれば、ずいぶん落ち着いていたけれど。
はらぺこくんは、そう感じていたのだね。
「あのね
わたしの充電池、
今は、はらぺこくんに繋がってるでしょ。」
わたしの胸から彼の胸にビーっと手で線を引く真似をした。
「わたし、思ったの。
やっぱり、もっと遠くへ行きたい!
海外とかにも行きたい!
根っからそういう性分なんだよね。
それは、はらぺこくんに充電をつなげたまま
他の友達と行くとかでも叶えられるのかなーって
思ったりもしたんだけど
やっぱりわたしは、充電池がつながっている人と
そういう体験がしたいんだ、ってことに
気が付いたの。」
「でもそれは
はらぺこくんが家庭のある人だから無理
ってことじゃなくて
そもそも、はらぺこくんという人自身が
そういうことを望まない人だよね、ってわかった。
はらぺこくんは、もともと
冒険も好きじゃないし、遠くへ行くのも好きじゃない。
慣れているところが好きな人でしょ?
だから、向いていない人に
”もっと、もっと”って求めちゃうのは
もう酷だなーって思ったんだよ。」
わたしは、ストレートに言いすぎたのかもしれない。
はらぺこくんは伏し目がちに
じいっと無言で聞いたあと、口を開いた。
「そうだね。
たしかに自分は、旅行とかもあまり行かないし
もともとそういうのが好きな人のほうがね
自然に合うんだろうし。」
「あ、なんかわたし、責めてる?!
責めちゃってるよね?!💦
そんなこと、言いたくなかったのに。
こう言うと、足りなかったことばかり言ってるみたいだけど
全然ちがうんだよ。
はらぺこくんには、してもらったことのほうが
ずっとずっと大きいの!」
「いや、そんななんにもしてないよ💦」
「ううん!!
わたしがここまで来れたのは
はらぺこくんのおかげなんだよ!!
本当に!!
わたしが、元夫とのことから
立ち直れたのは・・・
今でも完璧ではないかもしれないけど・・
とにかく、元夫とのことから
はらぺこくんには、本当に本当に癒してもらったの!」
涙が出てきた。
はらぺこくん以外の人にはできなかった
プレイセラピー。
わたしの一番深いところ、痛い痛い傷に
彼は、自然に触れることができる人だった。
天性の力で。
「ほんとは、ずうっと
一緒にいれたら、いいのにね。」
でも、一方で
わたしは、不憫なかっぱの言い分にも
耳を貸してあげなくてはなのだ。
はらぺこくんは、変わらない。
5年経っても、変わらない。
「5年いても、泊りに行けてないじゃん。
はらぺこは、変化が嫌いだからな!
リスクを冒すのも嫌いだし。」
「やっと今年、旅行の計画を立ててくれたけど
福島で一泊か~って。
ほんとは、東北なら青森くらい、行きたいのっ!!」
もう、はらぺこくんに感謝も不満も
いっぱいなのだ。
どっちも、わたしの本心なのだ。
「青森か・・・
俺の車じゃ、タイヤが焼けちゃうな。」
って言うから
「そんなの、青森なら
新幹線にすりゃいいじゃん!!」
って、間髪入れず、言ってしまった😊
そーゆーとこだよ!!
描けるイメージがちっちゃいんだよぉぉぉ~~っ
その、地に足がついてるところが
はらぺこくんの魅力でもあるのだけれど。
そんな風に話しているうちに
涙なんて引っ込んで
どんどん笑い泣きになっちゃう。
これもまた、はらぺこくんの
偉大な力のおかげなのだ。
衝撃を限りなく吸収する、yogiboのような
ふんわり力。
わたしは、彼になら
いつだって、安心してキレられた。
「だから、新しく充電池をつなぐ人を
探さなくちゃいけない。
いったんは、電池のひもを
自分に引き上げて
整理して。」
はらぺこくんの胸から
紐をひっぱって巻くような身振りをして見せた。
※※あと1回で終われるかな・・・
(つづく)
なかなか書く時間がとれなくて、
記憶がどんどん消えつつある~~っ💦💦
がんばって思い出して、書き切りたいと思います。
オハナシは、シャッター商店街を抜けて
ギャラリーへ行った続き。
**************
でも、テコ入れされてるだけあって、
シャッター街より、活気がある。
はらぺこくんとふたり、シュールな現代アート展を見た。
「なんだろ、これ?
全然、わかんないね」
「ね!」
謎の体験型展示を通り抜けて、小声で言い合う。
それから、ロビーのベンチに並んで座って
ボーっとする。
このビルは、わたしが高校生の頃は、商業施設だった。
すごくにぎわっていて、オシャレだったんだ。
でも、とっくにつぶれてしまい、
建物だけ活かして運営は自治体がやっている。
そんなわたしの話を、はらぺこくんは親身に聞いてくれる。
ギャラリーにはミュージアムショップがあって
そこがとっても面白かった。
1点もののアートな生活雑貨がたくさんある。
「これ、面白いねーー」
「この中だったら、これが一番好きかな」
いっしょに眺めておしゃべりする。
わたしは、絵葉書とメモ帳を買った。
なにか、この日の記念になるものが欲しくて。
************
ギャラリーでゆっくり時間を使い、
そろそろ電車の時間が近づいてきた。
また手をつないで、駅まで歩く。
「ここには、前、映画館があったんだよ。
わたしが、初めて友達と映画を見たのはここ。
小4のとき。」
「どんな映画を見たの?」
「サンリオの映画だよ。
”ユニコ”っていうの。」
はらぺこくんは、いくらでも
わたしの昔話を聞いてくれた。
小学生時代のおかっぱ頭のわたしを
思い描いてくれてるのが伝わってきた。
小さいかっぱは、心底喜んでいた。
駅に到着して、真正面に立った時
はらぺこくんが駅を見据えて言った。
「この駅に、また来ることがあるんだろうか?」
一瞬考えて、わたしは答えた。
「あるかもしれないね。
仕事で来ることとか、ありそうじゃない?」
「そうだな。
仕事で、来るかもしれない。」
それから
やってきた電車に乗り込んで
わたしの故郷を後にした。
窓の外、山が、川が、後ろに流れていく。
来た時とは逆方向に。
胸に迫ってくるものがあった。
わたしたちの最後の冒険が
無事に終わっていく・・・・
************
小腹がすいたので
乗り換え駅で、うどんを食べることにする。
駅構内のセルフのうどん屋で
差し向かいに座った。
駅構内から、街角ピアノの演奏が聞こえてくる。
「これ、なんだっけ、
ジブリだよね」
「うん、えーと、
耳をすませば? もののけ姫?
なんだったかな~」
わたしたちの子ども世代は、ジブリが大好きだから。
はらぺこくんは、お子さんが今、
大人になってからピアノを習ってるんだ、と話す。
子どもの頃、余裕がなくてピアノを習わせてもらえなかった、
と、ちょっと恨みっぽく言われる、と。
「自分なりにがんばって育てたんだけどな。
ちょっと悲しくなる。」
「子どもは、やってもらえてることは当たり前で
足りなかったことのほうを言うからねぇ。
まあ、でもはらぺこくんちは、大丈夫だよ。
ちゃんと、自分が親になったら
きっとすごくありがたみをわかってくれると思うよ。」
「そうかな・・・」
はらぺこくんは、すごく悲しそうな目で
見返した。
なにか、わたしが
本当に、はらぺこくんから去ろうとしている空気を
感じたのかもしれない。
(つづく)
わたしの育った村に行ったあと
病院でタクシーを拾って
市街地へ向かった。
「このへんって
仕事はどんなのがあるんだろう?」
と、はらぺこくんが興味深げにたずねる。
公務員、教師、看護師、医者、介護士・・・
資格職で全国どこへ行っても就職できる職。
あとは工場とか、販売とか?
はらぺこくんは
自分なんかは、特にできる仕事がないなぁ
なんて言う。
以前から彼は、本当は上京せずに
地元へ残っていればよかった
と、よく言うから。
過疎と仕事の選択肢の少なさは
どこの地方も共通の悩みなんだろう。
自然豊かな田舎で生まれ育ち、
進学で上京。
そのまま東京に住み着いたものの
田舎への郷愁と、都会生活の不確かさのはざまで
なんとなく年を重ねていく・・・
わたしたちは、そういう仲間意識も共有しているんだろう。
話が少しそれたけれど
タクシーは庁舎に到着した。
この辺では、ひとつの観光名所。
新しいので、わたしも来たことがなかった。
エレベーターで最上階へ。
ガラス張りのカフェがあり、
地元の風景を一望できた。
コワーキングスペースなんかもあり、
知らないうちに故郷はオシャレになっていた。
「東京にあったら、めちゃ混みだね!」
窓際の席も空いていて
なんなく座れる。
はらぺこくんと並んで座り、
目の前の眺望を楽しみながら
ソフトクリームを食べた。
はらぺこくんは地図が好きなので
始終グーグルマップを開いてる。
風景を見ながら
あれは、〇〇だね、
さっきいたのは、あのへんだね、
なんて、話す。
自分の生まれた地元を
こんな風にしっかり見たことはなかった。
18歳までしか、いなかったから。
しみじみと、故郷の町の美しさを眺める。
隣にはらぺこくんがいてくれることが沁みた。
そして、心がすごく穏やかなのは
今、ここへ来たからだ、と感じていた。
はらぺこくんから旅立つ、と決めたから。
わたしはすごく自由なのだった。
もう、終の棲家は
はらぺこくんの近くがいいのか?とか
悩む必要がなくなった。
カフェを出て
地元のゆるキャラとはらぺこくんの
写真を撮る。
2人で撮ってほしくて
警備員さんにお願いしたけど
勤務中とのことで、あっさり断られてしまった。
コワーキングスペースで
地域おこしの展示などをゆっくり眺めてから
庁舎を出る。
庁舎の前には石碑があり
地元の歴史が書かれているのを読む。
はらぺこくんと一緒に、地元を再発見する。
それはとっても楽しい作業だった。
まだ観光する時間は、たっぷりあった。
「じゃあ、商店街のほうへ行こう。
今はシャッター街として、有名なんだけど。」
炎天下、タオルを首に巻いたはらぺこくんは
ずうっとわたしについて来てくれた。
いつものように、手をつなぎながら。
(写真はネットの素材です)
子どものころは、この商店街に
夏祭りでやってくるのが楽しみだった。
姉妹で浴衣を着せてもらって。
高校生の頃は、学校帰りに
自転車でここの大型書店に寄り道した。
そんな思い出話をしながら
ぶらぶらする商店街は
想像をさらに超えるレトロっぷりだった。
謎の雑貨屋さんの店内には、
店番のおじいさんが、
知り合いらしいお客さんと
座り込んで話している。
おじいさんは、下着姿で
ベビーカーをゆすりながら
孫の子守をしている。
「ああいう風に暮らせるのが
ほんとはいいよね」
と、はらぺこくんが言う。
職住が一致していて
個人商店がたくさんあった昭和の時代。
いつの間にか、
郊外のモールにお客さんは流れ
みんな、どこかの「勤め人」になっていった。
「少しずつ、少しずつ、変わって行ってるんだね。
何十年も経つと、こんなに変わってる。」
それから
街の唯一の百貨店に入る。
わたしの母が、認知症になる前は
ここでの買い物を楽しみにしていた。
デパートの店内は気の毒なくらい閑散としていて
店員さんが所在なさげだった。
わたしの母のような人たちも
もう買い物に来れなくなってしまったんだもの。
哀愁ただよう、故郷の旅。
はらぺこくんは、ずっと一緒に味わってくれた。
わたしたちは、日本の同じ時代を
歩んできたから。
彼が隣にいてくれると
わたしは、ものごとを
ものすごくたっぷり感じることができる。
受信機の性能がすごくよくなったみたいに。
商店街を抜け、まだ時間があったので
街中のギャラリーに寄ることにした。
本筋とあんまり関係ない話になりました💦💦
まだ、何回かかかりそう・・・
(つづく)
タクシーは住宅地から村へと
走っていく。
「ここ、うちがよくとる
お寿司屋さん」
「”今日は寿司でもとるか”って
やるんだね😊」
道中、そんなおしゃべりが止まらない。
はらぺこくんといると
いつも「指さし期」の2歳児になってしまう。
やがて目に沁みるような
一面緑の田んぼが開ける。
タクシーには村の端っこで停まってもらって降りた。
あんまり我が家のそばに
つけるわけにはいかない。
「村人に会わないかな」
と、あからさまに警戒顔のはらぺこくん。
「大丈夫だよ。
過疎ってるから
だれも歩いてない。」
「遭遇しちゃったら、どうするの?💦」
「”あ、友達です~”
って言うから大丈夫!」
わたしがおかまいなしで
”ここは〇〇ちゃんっていう子のうち”
なんて説明しながら歩くと
はらぺこくんもついてきた。
「ここ、おばあちゃんち。
いつも流しそうめんやってるのは
このバラックだよ。」
「あ、写真のね。」
「ここは、はとこの家」
おっと!
はとこが庭で軽トラに乗ってる!
「はとこ、いるじゃん!」
「だいじょぶだいじょぶ!」
あわてて身を隠す。
コントみたいな、わたしたち😊!
そして、わたしの家。
「ちょっと待ってて」
と言って
垣根ごしに駐車場をチェックする。
車があった!
「父も母もいるっぽい。」
「え!いるんだ。」
「だいじょぶだよ。
どうせ、大谷翔平を見てるから。」
でも、さすがに庭には踏み込まず
家の外からそーっと眺める。
「もう少し、引いて見よう」
と、はらぺこくんは好奇心に駆られてか
意外に積極的。
「どこが部屋だったの?」
「2階のあの窓のある部屋だよ。」
かなり不審者なわたしたちだったけど
楽しかった!
「これで、もし天変地異とかあっても
ここに来れば、わたしの消息はわかるからね。
この家がなくなっていても
本家(おばあちゃんち)に
行けば絶対だれか残ってるだろうから。」
はらぺこくんは、黙って聞いていた。
わたしが今日の小旅行に
こめた思いをはかっていたのかな。
ついでに、村のはずれのお墓にも
連れて行った。
お盆迎えのためか、真新しい白い紙のかざりが
一面に飾られていた。
「うちの実家のほうのお墓にも
こういうのがあるよ。」
村の戦没者のお墓をふたりで眺めた。
それから、村にある牧場へ。
わたしの幼なじみが
乳牛を飼っている。
牛舎にずらりと並んだ牛を眺めてから、
ぐるりと村を一周する。
その間、ほんとにだれにも会わなかった。
そして、村を出て緑の田んぼ道へ。
少し先にある総合病院のタクシーを目指して歩く。
田んぼのあっちに
わたしの中学校
こっちにわたしの小学校が見えた。
「あんな感じだったのかな?」
はらぺこくんが
道を過ぎていく自転車姿の
中学生の女の子たちを指した。
はらぺこくんにわたしの歴史を
知ってもらえることがすごく嬉しかった。
農道には車もほとんど通らず
わたしたちは
道草する小学生のように
ぶらぶらと気ままに歩いた。
「この音・・・持って帰りたい。」
はらぺこくんが
用水路のコポコポという澄んだ水音を聞いて言った。
「いいよね。
川の流れともまた違う、用水路の音。」
はらぺこくんも遠い田舎の出身。
よく用水路や川で泳いだという。
わたしも
学校帰りに用水路にざぶざぶ入って
歩いて帰ったことや
手ですくって水を飲んだ話をした。
用水路の流れにはときどき
段差があって、そこだけ
水が落ちて流れが急になる。
「木で船つくって
学校帰りに
こういうとこで
流したりしたよ」
「ふふふ。
男の子たちが
集まってワイワイやるんでしょ。
道端にランドセル投げ出して。」
「そう。
”そっち行ったぜー!”とか
”俺のが速い!”とか。」
「永遠に時間があるかのようだったね。
子どもの頃の学校帰りって。」
そんな話をしながら、かみしめていた。
心が通じるはらぺこくんとの時間を。
わたしたちは、昔、いっしょに遊んでいた
子ども同士だったんじゃないか?
田んぼの緑の稲は
まだ稲穂にならず、
シュっとしていた。
「田んぼはいいな・・・」
と、しみじみはらぺこくんが言う。
「いいよね。
子どもの頃はこれが当たり前だったけど。
東京から帰ってくると、感じる。
この匂いっていうか
立ちのぼる生命力?
浴びられるよね。」
鮮やかな一面の緑の中、
真っ白いサギの群れが
優雅に歩いていた。
***********
やっと病院に着き、
広いロビーの待合い椅子に並んで座る。
病気でもないのだけど
他に座れる場所がなくて・・・・💦
ぬるめの冷房だけど、汗がひいてきた。
ここでも知り合いに会わないかと
ちょっとドキドキしたけど取り越し苦労で済んだ。
タクシーのりばからタクシーに乗り
次は街の中心のほうへ。
※のんびりペースですみません💦
気持ちのままに、書きたいことを残したいと思います。
(つづく)



