こんにちは~

 

いつの間にか、間が空いてしまいました。

いろいろと忙しく、

でも元気にやってます😊

 

9月に、東南アジアに行ってきました。

会社時代の先輩で、わたしのブログにときどき登場する

ミステリアスな独身女性と。

そこに、現地に勤務している元後輩くんと合流。

フィフティーズ3人旅を楽しんできました。

 

(イメージです~)

 

南国ビーチリゾートからの・・・

 

帰国したら一転して、親の介護ー!!

父の突然の癌発覚で、先月から始まったのでした。

手術が難しい癌とわかったので、抗がん剤治療メインに。

 

(イメージです~)

 

姉妹3人とも東京で働いているので

ローテーションを組んで帰省。

認知症の母の介護保険を申請したり、

父の通院に付き添ったり。

 

気がついたら10月も半ばになっておりました~!!

この連休も昨日まで帰省してたので、あわただしいー💦

 

 

そしてそして

恋活のほうは、どうなってるのか?

と言いますと・・・

 

そのまんま、継続中なのでした😀

はらぺこくんとも、おさむくんとも。

 

はらぺこくんとは、夏にわたしの田舎に

いっしょに行って一区切りと思いきや

区切りがついた後も、まだ続いているという💦

 

この夏、彼のお子さんが結婚されたので

お母様に報告しに、久しぶりに帰省すると聞かされました。

はらぺこくんの田舎は、東京からは遠く。

帰省するときは、基本ひとりです。

 

「今度はわたしが、はらぺこくんの故郷へ

 行きた~い♪」

と、もちろん詰め寄ったのですが

 

迷った挙句

「今回は、じっくり帰省したいから

 ひとりで行くことにするね。」

と、はらぺこくん。

 

ま、いいよ~ん♪

 

故郷から帰京した日は

折しもはらぺこくんのバースデー。

 

「よかったら、羽田空港でデートしない?」

と言ってくれて

お迎えに行ってきました。

 

 

滑走路が見えるレストランで食事しながら

お母様とのエピソードを

たくさん聞かせてもらいました。

はらぺこくんのお母様も足が弱ってきて

あまりおうちから出ないそうで・・・

しみじみと共感したのでした。

 

「これ、小さい時の写真。 

 アルバムから撮ってきた。」

と、写メをいくつか見せくれたはらぺこくん。

 

サラサラヘアで、ママのお手製サロペットを着た

愛くるしい少年が、そこに。

はらぺこくんに注がれてきた

お母様の愛情の歴史をしっかり味わったのでした。

 

それとはまた別日にホテルデート。

あらためてケーキでお祝いしながら

わたしの実家の帰省エピソードを

うんうん、とエンドレスで聞いてくれるはらぺこくん。

 

「おしゃべりが止まらなくて、ごめんね~」

 

「いろいろおしゃべりしてくれるのは

 うれしいよ。」

 

父にも母にも会わせたことはないけれど

実家の前まで行っただけあって

はらぺこくんにも、映像が浮かぶようでした。

彼に聞いてもらっていると

心にたまった澱ががすーっと引いて、

とっても元気になるのです😊

 

**************

 

さて、一方、おさむくんのほうはというと

このところ忙しいわたしに合わせて

ちゃんと時間を作って会いに来てくれます。

 

おさむくんって

わたしが忙しくて

「ごめんね、今週無理そう~!」

とか断っても、淡々とめげないのです。

「そうなんですね。

 かっぱさんに会えなくて寂しいです😿」

とか言いながら

気にせず、また淡々と誘ってくれる。

それも熱量が熱すぎず、寒すぎず。

手綱をしっかり握ってくれてる安心感があります。

 

そんなおさむくんも、故郷が遠く。

同じく飛行機で、先日帰省してました。

ご両親はまだ健在だけど、お母様は持病がおありで

つい先日も突然入院されたとか。

 

そしておさむくんは、我が家の介護に

抜群の働きをしてくれました!

抗がん剤治療中の父のことを話したとき、

訪問看護の導入を勧めてくれて

おかげで、すぐに看護ステーションにつながれたのです。

 

父はまだまだ元気なので

介護保険を申請しても意味がなく

かといって、副作用が出てから申請したら

待たされるし、と思っていたら

「医療保険のサービスならすぐに頼めるよ」と。

 

早速先週から週1で来てもらえることになって

遠方介護しているわたしたちには、とってもありがたい!

24時間いつでも来てもらえるので命綱にもなっています。

 

そんなこんな

恋活なのか、介護なのか

よくわからないブログになってきましたが

50代の人生そのものだなーとも思います

 

わたしが結婚したままだったなら

元夫と共に、両方の両親を見送ったのでしょうが

シングルになったらなったで、

それなりの形になっていくんですね。

 

姉妹と、ときにわたしの子どもたちと共に

うちの両親を支え

そして、その時そばにいる人たちと

直接ではないけれど、ゆるく支え合う。

 

それは、それですごく幸せですね。

誰かが誰かを少しずつ支えて、世の中は回っている。

そうは言っても、

やっぱり「この人はわたしと支え合う約束してる人!」

という相手がいなくてこの先大丈夫なんだろか?

と、不安もいっぱいやってくるのですが。

 

そういう全部を抱えながら

進んでいくことで、

だんだん見えてくるものがあるのかもしれません。

 

大きな声では言えないけれど💦💦

かっぱは、

ふたりの男性を必要としている時期なんだろう!!

 

ということで

近況報告でした~~~

 

(おしまい)

 

今日は、恋活からちょっと離れたオハナシ。

**************

 

実家の父が発熱して入院した。

 

詳しい検査結果が出たのが昨日。

なんと、希少で難治性の癌とわかった。

手術に向かず、抗がん剤治療になるとのこと。

 

父の家系には癌がひとりもいないので

みんなビックリ。

父は今までまったく病気がなく、長寿の家系ゆえ

まさか!となった。

とはいえ、90も近いのだから、まったく不思議ではないのだけれど。

 

ただ、認知症の母のほうが残されてしまいそう。

母は末っ子体質で、今でも父にべったりなので

父はそれだけが心残りにちがいない。

 

とりあえず、発熱は収まり退院となったけれど

これから、本格的な治療が始まる。

 

「お父さんがいないと、まったくつまんない」

入院中、母はそう言って

すぐに父の携帯にかけてしまう。

 

電話したことを覚えていないので、何回でも。

実家で母の見守りをしている娘たちがいても。

 

「なんだ?

 用がないんなら、切るぞ」

父は、いつもどおり、そっけない。

用事がないのに電話する男なんて、あんまりいないよね😊

ましてや昭和の男。

 

「あなた、今日はなにしたのー?

 一日1回くらい電話くれてもいいじゃない」

なんて、母は少女のよう。

 

「お母さんは、お父さんがほんとに好きなんだね」

と、あきれて言ったら

 

「そうねー

 好きになっちゃったんだねえ♪」

と、にこにこする。

 

父の病気の説明を主治医から聞くとき

母も同席していたのだけど

もう、よくわかっていないのが幸いだ。

 

以前のままの母だったら、大騒ぎしたに違いない。

もともと不安が強いタイプだから。

今は、ポカンとしてる。

とりあえず父が帰ってきたので安心してるだろう。

 

**********

 

実家のピンチに数日間帰省して

東京へ戻って考える。

 

時間は、刻々と流れているのだな、と。

 

父の病状を、かっぱ子とかっぱ太郎にも話した。

ふたりは、わたしほど動揺はしていない。

おじいちゃんなのだから、まあ、順番どおりだものね。

 

ピッカピカの体をもつ2人を前に

わたしは、世代に想いを馳せた。

 

80代の両親

50代のわたしたち姉妹

20代前後の子どもたち。

 

30年の時の差が、体に刻まれている。

それは、とても明らかな差。

 

父母だって50代のころは、ものすごく元気だった。

もちろんバリバリ仕事をしていた。

60で退職してから、夫婦でたくさん旅行した。

 

かっぱ子が1歳のときは、母と3人でグアムへ行った。

あの時母は・・・60代半ばだったのか。

スカートの水着を着て、かっぱ子と元気にプールで泳いでた。

まだまだ命が輝いていたんだ。

 

それから20年。

 

かっぱ子は立派な成人になり

父と母は、沈みゆく落日となっている。

 

わたしは?

 

あの頃の母のように、元気に働いているけれど

30年後には、まちがいなく

沈んでいくということだ。

杖をついて歩く足取りさえ、おぼつかなく。

 

当たり前のことなのに

東京で暮らしていると、つい忘れてしまう。

 

東京はエネルギッシュな街だから。

労働と消費。

元気に働き、経済活動を行う人が集う街。

 

いつもは、わたしもその急流を乗りこなしているのに

実家から帰ってきて、今回ばかりは

その流れについていけない気分。

 

「過去でも未来でもなく、今を見よう」

と言うけれど

それは、過去も未来も、まったく見ないことじゃなく

遠目にどこかには、置いておくことなのではないか。

 

来し方行く末を、ちらりと端っこに入れながら

「今」を楽しむ。

そんなの、きれいごとだけどね。

実際には、簡単じゃない。

 

 

周りには、イス取りゲームのような空気もある。

子育てが終わり、円熟期を迎える人たちが

「だれと どこで どう暮らすか」を

さぐっている動き。

50代のうちだぞ!

音楽が鳴りやむ前に、後悔のない選択を!

 

うーーーん

わたしは、まったくもって、カオスになってしまった。

子育ても、パートナーシップも、仕事も、住まいも。

ここへもって、両親との関係も絡んできたか。

頻繁に帰省するなら、住処にも影響する。

 

こんなとき、条件のいい人が

ひょいと現れたら、のっかりたくなる。

(例えば、おさむくんみたいな)

 

でも・・・新卒からやった仕事は

ある程度やり切ったし

そういう意味でも、この先何がやりたいのか。

 

どこでどうしたいんだっけ?わたしーーー?!💦💦

「安心したい」だけじゃ、嫌なのだ。

なにか、もう1個、山を登りたい。

 

 

まあ、そんな中でも

父の病状が進む中で、見えてくるものがあるだろう。

父より強い男に会ったことがない、と

わたしが思うその父が

とうとう弱っていくのだから。

 

何か、価値観が転覆されるかもしれない。

それが人生後半に向けて、あらたなエンジンに・・・なるといいな。

 

まるで二度目の思春期みたい。

中年だけど・・😀😀

 

今日はそんな、恋活じゃないオハナシ。

でも、ぜんぶつながってる、多分。

 

(おしまい)