読売新聞の「ぷらざ」というコラムに文通相手のことを書いた投稿があった
2月末にも文通相手に、数十年ぶりに会いにゆく投稿があり、それを読んだこの投稿者が自分も文通相手に会ったことを書いている
私は2つの投稿を読み、中学生の頃は自分も文通相手がいたことを懐かしく想い出した
ネットもメールもない時代には雑誌の「文通相手求めます」をチエックして年齢や趣味などの似た同性に手紙くことが流行った
ネットで見知らぬ人と話し合うようなものだが本人の住所・氏名・年齢・趣味などを雑誌に掲載するわけだから個人情報に厳しい今では考えられない時代だ
私は雑誌の何かに入賞し住所氏名が載ったら、同じ年齢と名前の女子中学生から文通を求める手紙が来たのがきっかけだった
彼女とは名前の漢字も同じだった。福島県の南会津郡檜枝岐村というところだった
お互いセーラー服の写真も交換し、両親にいつか会いたいなぁ…と語っていたのだった
彼女は中学を卒業すると村を出て福島市の美容院に住み込みで就職した
毎日、朝早くから夜まで一生懸命働いている。早く1人前になりたいと手紙が来た記憶がある
仕事に慣れないうちは、返事も遅れるだろうと思っていたがいつの間にか疎遠になってしまった
燧岳?がよく見える小さな村で尾瀬ヶ原に近い自然豊かなところで、村に住む人は名字が三つしかないと手紙にはあった
今頃、彼女はどうしているのだろうか?福島とか檜枝岐とか美容師とか耳にしたり活字を見ると想い出す…
どこにいてもお元気でいてくださいね