世界文化遺産の合掌造りといえば、岐阜県白川郷の荻町集落とすぐ隣村の富山県南砺市(旧平村)の五箇山の相倉集落と菅沼集落である
は白川郷の荻町にある合掌造り。集落2番目に大きい長瀬家白川郷の合掌造りは五階建ての大きな建物だが相倉と菅沼は比較的小さい
江戸時代末~明治時代末に建ち、最も多く合掌造りがあった明治中期は1850棟もあったというが
1961年完成の日本最大の御母衣ロックフィルダムで4集落が沈んでいる
現在は白川郷が60棟、相倉20棟、菅沼9棟である
何が合掌造りの秘密なのかって?
合掌造りの中では塩硝を製造していたのだ
(知ってた?)
幕府の鉄砲や
爆薬は合掌造り家屋の奥深く、秘密裏に火薬の原料となる硝酸カリウムは雑草と蚕のフンを利用して抽出する培養法で造られていた(屋根裏は養蚕部屋)
なぜ他人に秘密が漏れなかったか?
元々集落は山奥の細い谷にあり(五箇山は流刑地)陸の孤島である
しかも狭い耕地が相続で細分化されぬよう、長男のみが結婚を許されていた大家族制度で身内ばかりで生活していた
雪深く(約2m)外からの交流はないに等しく秘伝の漏洩を防ぐには条件が揃っていたのだ
白川郷の重文の和田家は最大の家屋を持ち塩硝の取引で栄えた名主の家だそうだ(開放されている)
当時、白川郷は金森藩で天領となり、五箇山は加賀藩だ。
世界遺産に認定されてから白川郷へは毎年150万人の観光客が押し寄せる

ただ見物するだけでなく地形と歴史を知り、秘密の
爆薬工場も兼ねていた合掌造りをじっくり見て欲しいと思う
の季節でもある(それには
団体は無理かも)私は何度も通った合掌造りのファンです

