夏に、某飲み会で知り合った(日立IA:日立インフォメーションアカデミー)代表取締役社長の松井さん。

被災地訪問を強くご希望されておりましたので、先月企画&開催した、気仙沼西高校ライブと気仙沼、石巻の学校への楽器配布活動にお誘いしたところ、是非!とご参加頂けました。

その気仙沼訪問少し前に,松井社長からの一通のメール。
「弊社研修所の再編に伴い、沢山の什器をが不要になることが解りました。せっかくですので、こちらを一式受け取っていただける被災地の会社は無いでしょうか?」

送られてきた添付ファイルを見ると、
 パーティション付きオフィス机50、
 椅子100以上、
 折りたたみ机100以上、
 コートハンガー10、
など相当の数です。
しかも、新しくて物も良い!

うーん、数が多すぎる。一式は難しいんじゃないかなぁと思いながらも、気仙沼の鮮魚仲買社長に相談したところ、すぐに受け取り先見つかりました。
(株)気仙沼商会です。





本社ビルは市場すぐ裏手のため被災して当然使用できず、新しいオフィスビルを手配し、ちょうど事務用品を選定しようとしていた最中だったそうで、完璧のタイミングとの事でした。

以下、高橋社長から鮮魚仲買社長へのメール。
「(事務用品)OKでお願いします。写真見ました。もう最高です!」

先月末には無事一式お届けされ、新オフィスオープン時に利用されることとなりました。

色々と現地で人脈を作ったり,情報を持っていたりすると,こうやってつながりを作れるんだなぁと実感しました。

日立IAさま有難う御座いました!
めでたしめでたし。

備考:
【会社概要】
商号 株式会社気仙沼商会
代表者 代表取締役社長 高橋正樹
設立年月日 1920年3月15日(大正9年)
資本金 4500万円
本社 〒988-0037
宮城県気仙沼市魚市場前4番21号
TEL(0226)23-1600 FAX(0226)22-6681
事業内容 石油製品の販売
高圧ガスの製造販売 等
従業員 183名(平成20年4月現在)
売上高 100億円


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ちょっと時間が経ってしまったのだけど、すごい本を読んだ。
気仙沼の知人から勧められて。

砂の城/山内 ヒロヤス

¥1,785
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明治29年の三陸地震に伴う大海シュウ(津波の事)について事実を綿密に調査した上で書いた小説。
東京で雑誌記者をしている「塚本さん」からの視点を中心として話は進んで行きます。

津波前の時代と生活の描写から、津波発生時、その直後の描写、5年後の町の様子が本当に良くわかる。

雑誌記者塚本さんの考えに相当感情移入して読みました。
今問題点となっている事、私が感じている事、今後懸念される事がまさに語られていると思った。

例えば、

「東京を地震や大海シュウが襲うかもしれないって考えている人は恐らくいないだろうな。所詮は他人事」
といった台詞とか、

記者の塚本さんが当時日本国内にあった貧民街を取材すると、いつも海シュウを思い出してしまうとか、

慰霊碑が沢山経ってるけど、五年もたつと誰も見向きもしないとか、

同じような海シュウは100年に一回ぐらいだろうという、都合のいい話が広まっているらしいとか、

忘れるべきところは忘れる、伝えるべきところはどんなことがあっても守り伝えてゆく。そういう強さが無いと未来を築く事はできないという記載とか。

作者の山内ヒロヤスさんは(リアスアークミュージアムにお勤め)何故これが書けたのか、そして実際に大津波が起きた今、何を考えておられるのか。

後半はたまらず泣きながら読みました。
すごい本を勧めてもらった。感謝しています。

これ、何度も東北通いしている人なら心底理解できると思う。オススメです。
月~水の三日間の輪番休業を利用して、最初の二日間は某研究所による、
1.名取市、仙台市、石巻市の災害復興担当部署との打ち合わせや、
2.石巻災害復興協議会との打ち合わせ、
3.仮設住宅や福祉避難所見学
4. 東北地方整備局ヒアリング
にプライベートで同行させて頂きました。

(石巻災害復興協議会は私が紹介したっていうこともあり、
一緒にどうぞと声がけ頂いた)

それ以外に、

名取のゆりあげ地区、
南三陸
気仙沼中心部
大船渡
三陸
吉浜
陸前高田
釜石(中心部、唐丹、両石、平田、鵜住居)
大槌(目的地。小槌神社に寄付してたので。色々話も聞けました)

と見てきた。気仙沼、大槌町ではたくさんの話も聞いてきた。

【瓦礫撤去状況】
岩手は陸前高田、大槌を除いて
圧倒的に宮城より瓦礫撤去率は遅れていました。

釜石は全部瓦礫撤去外注するみたい。
釜石は鉄鋼で栄えて町に立派な建物が多かった分、
ボランティアの手に負えない難所だらけという印象。

陸前高田はもう、他地域と比較すると圧倒的広さ。
その分瓦礫撤去はものすごく進んでいて、ゆりあげに次いで片付いている印象。

【復興の様子】

1.気仙沼

気仙沼は市場がぽつんと復活していて、
一本裏手からすべて瓦礫の山と水浸し。そして火災の跡。一転突破で市場を再開させたのがよくわかりました。
先月石巻の鮎川で知り合いになった気仙沼の仲買業者社長さんが
ずっと説明して下さいました。

この日は、震災後初めて鰹の一本釣り漁船が気仙沼に入港した日で、マスコミも沢山。

この方のつてで、飲み屋で偶然隣にいた宮城県議会議長の名刺を頂き、
市場で気仙沼市議ともお話しできて連絡先も教えていただきました。

市議さんのお話としては、
色々な企業が提案しに来るけど、結局だいたい同じようなもんだそうな。
一生懸命やってくれる企業にお願いしたいって。

気仙沼はこれからクリーンエネルギーを取り込んだ先端都市にしたいらしい。
気仙沼市全体に広げる前に、ギャラリーハウスみたいなのを作って、
そこで色々な製品、サービスを試したいそうです。

2.名取市

名取市復興委員会。
仙台空港近くの名取市北釜地区は地区全体での高台移転が
住民総意で決まったそうです。

名取市のもう一つの壊滅地帯のゆりあげ地区は復興させるそうですが、
見たところ、土地はずっと低いし、本当に海沿いだし。岩手で何ヶ所か見た、10mは越そうかという高さの堤防がことごとく壊れている事を考えると、どんな対策も難しいのではないかと思う。
復興案資料も頂いた。住民に提案したところ、全体移転の話も含め提案
してくれといわれたそうな。ゆりあげ地区は6000人ぐらい居るので、全体移転が非現実的ってのも有りそう。

名取市は色々と復興アイデア大募集中で、だれからの提案でもウェルカムだそうです。

3.仙台市

仙台市復興委員会はさすが100万都市だけあって、ちょいとお殿様な印象。
沿岸部はそもそも高齢化率が高いこともあり、今まで仙台が抱えていた
高齢化の問題が震災でさらに加速したという位置づけで考え中。あと、仙台市には8000戸の民間仮設住宅があり、ほかの自治体からの避難民流入が激しいことから、その実態把握とケアが早急に必要と考えているみたい。

4.石巻市

石巻市の復興委員会では、石巻は全世帯の7割が水につかり、(全世帯の3割が
全壊)市役所機能も相当失われたため、市役所全体がざわついていて、
手書きの張り紙なんかもベタベタそこらじゅうにあって、なんだか異様な雰囲気だった。
職員もまだまだ混乱しっぱなしの感じ。復興案もまだまだ。現状案は、南浜、門脇あたりはメモリアルパーク。

沿岸部は産業地帯と、水産加工地帯とにわかれているけど、産業地帯は
大企業が主体のため、自力復興をどの企業も決めたらしい。水産加工地帯は大きな会社はすでに撤退し、残った中小は自力再建の力も無く、復興が見えないそうです。

石巻も市長が石巻専修大学の教授だったこともあり、
新技術に興味津々で、エネルギー、交通、通信、医療すべてで東北を代表する最先端都市にしたいと考えているそうです。


【全体の印象】

どこの自治体も、国や県が決めないからわれわれも決められないし、
住民の声も多種多様でこまっちゃった・・・みたいな感じ。
ちなみに、どの自治体も企業行脚の嵐みたい。

やっぱ行って、現地を歩いて、
色々なレイヤーの方の話を聞くのは参考になります。

また、もう一つ思ったのは、どのレイヤー(国、県、市、住民、ボランティア)の方々も必死にやっているけど、あまりにも災害規模が大きく、問題の種類も多く、長期化が必至のため、情報共有がうまくなされておらず各レイヤーで不満をためているなあという印象でした。

東北地方整備局の話もかーなーり、興味深かったんだけど、また今度。