もう1か月も前になってしまいましたが、中頓別での年越しを少し振り返ってみます。

家の壁に、キツツキが穴を開けました。20年前くらいにもあったことなのですが、本当に困ります・・。

今回のは巣穴になるような大きな穴で、家賃でも取ってやろうかと思ったくらいです・・。

こけおどしのCDをぶら下げたりしたところで解決にはならず、ロープを張ってキツツキの接近を防ぐような作業を、雪の中、ひたすら取り組みました・・。

ストーブは、ずいぶん古くなったので、カロリーの高いコークスを避けて、庭で集めた枝などを焚きました。なんだか、暖を確保すると、生きていることを実感できました。

年越しには佗助さんのお料理は不可欠で、今年も見事な煮物を楽しみました。それに合わせたお酒は、なんと、30年モノの日本酒(平成8年の!)で、飲んでいるうちに、だんだんと目覚めてくる感じがたまりませんでした。

また、カズノコ、何と原料が枝幸産だと聞いたので、思わず購入。人生初の経験でした。

元旦の街を歩いても、ほとんど誰にも会わないし、お店ももちろんやっていないので、なんだか、別世界のようでした。

2日からはヤマフクさんも開いたのですが、行列だったのであきらめて3日に出直し。たなべさんで買い物もしないのに立ち話で盛り上がりました。

みやざきさんやレンカ堂さんで楽しく買い物して、中頓別のやわらかい人間関係に癒されながら、くじ引きは、なんと2枚当選。今年は運がよいといいな、と願う、令和8年の幕開けでした。

 

 

今年も拙文が「文芸そうや」に掲載された。

いつの間にか、宗谷に移住してから30年にもなった。天北線跡のこととか砂金掘りの話など、むしろ私よりも情報をもたない人が多くなってきたようだ。だから、私も語り継いでいかないと・・と、投稿するようになった。

庭には、途方もないような雪の山・・。

旭川での勤務や除雪のため、何度も往復したこの冬だが、積極的に使うようにしたのが、デマンドバスだ。

今回はデコレーションのない、シンプルなほうの車両だったが、乗り心地もよいし、使いやすくてとてもいい。

秋の運行開始から、5回ほど利用したが、地域住民ではないわりには乗っているほうではないだろうか。

駅に着くと、こんなに混んでいるではないか!!

嬉しい、嬉しいぞ!!音威子府駅!!

いつもここで切符を買う、東京や全国出張の切符もここで買う。たとえ「池袋→新宿」という切符でも、ここで。

ホームの除雪も大変そうだ・・。駅長さんまでが作業に取り組んでいるようだ。

道路とちがってこれらはJRがやらないといけないから、鉄道とバスとではとんでもないハンデキャップがある。

この国は、明治の初めから築き上げてきた、鉄道や郵便を滅ぼしてきた。国土の統治を、まるで放棄しつつあるようだ。

・・だから私は年賀状も数百枚は出すように努めているのだが、もはや焼け石に水のように思えて、虚しささえ感じるようになってきた。

今日は、お客さんが、それなりに乗る。

でも、平日は、こうはいかない・・。

切符は買えない、ダイヤは少ない、・・そんな状況でも、頑張って乗り続けるようにする。

・・すべてが、儚いものに見えてしまう、今日この頃・・。

少しでも盛り上がっていく今年になるといいなと思う。

佗助さんのお料理で年越し。

今年も、まさに、文化財のような献立・・。

なんとか、伝承されたい、そんな仕掛けと味わい豊かな風味・・・・。

中頓別の名店、佗助(わびすけ)さん。

もう25年以上、通っている、大切なお店。

ゴールデンウイーク、中頓別のカフェ「ヤマフク」さんや旧松田商店で行われている催しものに顔を出してみようと。都会に向かう車の波と反対に、宗谷に向かう。侘助さんやトシカさんは混んでいて、食事の予約ができなかったので、昼を楽しむことにしたのだった。

寿公園は、相変わらず、とても丁寧にお手入れが行き届いていて、お客さんの少なさが本当にもったいない・・。

遊具も古き良きものがしっかり維持されていて、小さい子どもの遊園地デビューにふさわしい穴場だと思う。

動かない機関車の横を、元気よく走る機関車。

天北線は剥がされてしまったけれど、この機関車はずっと走り続けてほしい。・・鉄道のなくなった町を走る、貴重な軌道の乗り物なのだから。

5月6日、出張の切符を購入するために、この日をねらってわざわざ音威子府駅に立ち寄る。

停まっている車の台数は、それなりの利用客の存在を感じさせる。しかし、浜頓別方面から来るバスも、もうしばらく後に廃止という状況に、危機感ばかりが募る。

「日曜・祝日は休業」とされてしまった音威子府駅は、連休の中の土曜日1日だけがカレンダー通りにオープン。

そもそも全国からのお客さんなどは、この連休にここを訪れるだろうに、5月3・4・5・7日が休みで6日のみ営業とは・・・・。赤字赤字というが、本気で稼ごうと考えているようには、全く思えないのは私だけだろうか。令和5年5月5日切符なんか、そもそも購入できないし・・。とにかく、仕事の切符の購入を済ませた。

しばしば見られる「人口が少ないから鉄道も乗る人がいない、廃止してしまえ!」という言葉に対しても、強く疑問を感じる。「東京の山手線が1日に3本しか運転していなかったら、みんな乗るのか?」「山手線の部分廃止!とかで、あちこち寸断された線路になってもみんな乗るのか?」「山手線が何の路線にも接続していなくてもみんな乗るのか?」~これらは廃止によって地方で普通に不通が進んでいることだ。現在の北海道JR路線の悪循環は、いくつもの要因が重なっているだろうが、その理由の中には、活用や儲ける仕組みへのアイディアを絞り出す努力が本当に十分なのかという問題があるような印象を受ける(そもそも鉄道がそれ単体の事業で儲かるものなのか、改革に収益構造の改善という視点があったのか、色々と一般人には情報も考えも及ばない)。そうしているうちに、負のスパイラルに陥ってしまったのではないか。最も深刻なのは、この地方の人々の概念の中から鉄道が消え去ってしまったように思われることだ。

やるせない気持ちを引きずりながら、天塩川温泉で昼食を摂ると、中頓別の知り合いにばったり出会った。ここで食事して、ビッキさんのアトリエに行くのだという。素晴らしい休日の過ごし方・・。

そう、この近辺でも、実は、ある意味とても充実した時間は過ごせるのだ。

昨年12月の半ば、年越しに備えて帰宅すると、車庫が埋まっていた。

なんとか除雪を済ませたのが2時間後。

安川商店でチーズなどを購入して、なんとなく年末に備えた。・・と、値札シールが「賞味期限xxx円」となっていて、思わずクスっとなった。除雪で疲れ切ったあとのほっこりタイムだった。

クリスマスも中頓別で過ごそうと、1週間後、再度帰宅。

・・・・なんだ!?これは!?

埋もれている・・・・。

なんとかシャッターを開けるまでに40分。

泣きたくなる・・・・。

雪と格闘すること2時間半。

どうにか除雪を終えて、夕食。

・・やはり、佗助さんのお料理は最高だ。

食事というより、文化そのもので、いつもながら見事な技術と工夫、そして配慮に感動。

また、数日して、帰宅。

いよいよ年越しだ。

ちょっと面白い昼ご飯に備えて、ペヤングとトッピングを調達・・残念ながら町外での調達となったが・・。

浜頓別に行って、クッチャロ湖の白鳥を見たり、トシカさんに挨拶に行ったりして、

中頓別に戻ると、改めて、その雪のすごさに驚く。

買い物もたくさんして、スクラッチくじを引くと、うれしいことに100円券が2枚!当選。・・はずれくじ15枚となったところで、あと5枚集めると箱ティッシュ1つもらえると知り、さらにはずれくじを5枚ゲットして、

いざ、年越し。

そばは・・セコマで購入の富士そばカップだったが、

おせちを兼ねた佗助さんのお料理と紅白歌合戦で穏やかに新しい年を迎えた・・といいたいところだが、物置だの車庫だのの雪下ろしで数日間があっという間に過ぎてしまった。

中頓別は福祉も子育て支援も行き届いていて、とても住みやすい町なのだが、町内で入手できないものが近年増えてきたような形で、そうしたことがクリアされていくと、とてもいいのになと感じている。お店も減る一方で、お寿司だって、セコマで入手するような状況になってしまって・・、起業してくれる移住者が増えたらいいのに、と思う。