「ここは港区ですよ!新宿と違うんですから、そんな下品な会話は困りますわよ、末那さん!」
この聞き飽きたセリフを、私は六本木・ボーダレスに入店してから、何度美帆ママに浴びせられただろう…。
ママが亡くなってパラノイアはすぐにお店を閉めた。誰もオーナーの経営方針に付いていけず、十月末に、十五年間続いたパラノイアの歴史にピリオドを打つ事になった。ミントさんは、体は何一つイジってなかったので、長い美しい髪を潔くバッサリと切り、男に戻りというか、普通?のホモに戻り、昼間の仕事をしているらしい。ウノちゃんは、大阪に帰り、年明けから自分のデビューした古巣の有名なショーパブに戻って働き始めた。ミカちゃんは、色々と考えたあげく、ニューハーフヘルス嬢になってしまった。私より二つ年上の明(あきら)さんとエミさんは、この六本木・ボーダレスに、私より先の、十一月の頭から働いている。私も、このオナベとオカマのミックスのショーパブ・ボーダレスのオーナーのオナベの享さんから、話は頂いていたものの、オナベさんと一緒に働く不安もあったし、この七年、パラノイアで働き通しだったから、良い機会なので少し休みたかった。そして何より一番の懸念は、新宿育ちの私が、六本木で通用するかどうか、自信が無い事で即決はできなかったのだ。それに、多少の貯金はあったし、忘年会でのショーや、クリスマスディナーショーなどの単発の営業も入っていたので、なんとか食い繋ぐ事は出来た。また、あの五月さんが十二日からクラブ五月という小さいお店を、二丁目のB子ママの店の向かいでオープンさせた。そのオープニングに、お手伝いとして大阪に戻る前のウノちゃんと二人でアルバイトもした。正直な話、私は五月さんのお店を手伝うなんて事は不本意だったけど、あれ程に五月さんと仲が悪かったB子ママからもお願いされると、この二人がどういう流れで仲直りをしたのか興味深く、その真相を知りたくなっていた。仲良しのウノちゃんは、大阪に帰る事が決まっていたので一緒に、働くのもこれが最後だし、何よりも、ママの遺品から頂いた、あの毛並みの良いブラックミンクのコートを着て、ママみたいに颯爽とこの街を歩いてみたかった。五月さんとB子ママは、パラノイアで一緒に働いている時は、物凄く仲が良かったのに、ある事件をきっかけに仲たがいをしてしまい、かねてからいつか独立をしたいと思っていたB子ママは、その事件をきっかけに一国一城の主になったらしい。クラブ五月のオープン三日目の日だった。誰が呼んだ訳でも、待ち合わせをした訳でも無いらしいのに、お店の中がパラノイアの同窓会みたいな状況になった。一番乗りはミカちゃんで、風俗の仕事を終え、少し疲れた表情で入って来た。そのミカちゃんが深夜一時過ぎに来店してくれたのをかわ切りに、ホモに戻ったミントさん、六本木・ボーダレスで働き始めたエミさんと明さんが三時過ぎに来店、その他のメンバーもエミさんが電話で呼び出してくれたらしく、三人程駆け付けてくれた。それにB子ママも、お店を抜け出し、五月さんとの、この3日で板に付いてきたカウンター越しのハイタッチを昔、ママとB子ママがやっていたみたいに来店の儀式として済ませ、席に付いてくれた。B子ママは、座るやいなや、久しぶりに揃うメンバーに、溢れ出さんばかりの口調でこう言って来た。「ねぇねぇ!みんな!ママってさすがだと思わない?いつもお客様に頂いた御品や、自分で買った物を、何かあった時の為に、誰に受け渡すかを、その都度書き残していたなんて…。それにちゃんと揉めたりしないように、その子が喜んで他の子も納得出来る物を考えてたなんて、ホント完璧よね!ケリーやバーキン、毛皮や宝石、ドレスに着物と、私なんか絶対そんな真似出来ないわ!見て見て、このショパールの時計、素敵でしょ!!独立した私にまで、ちゃんと残してくれるなんて…考えられないわ!それに何よりも、あれだけ不仲だった私と五月が仲直り出来たのも、ママの死があったからこそだもの…。私は、五月となんか、一生!口聞かないって思ってたのよ。それをママが、昔みたいに元通りにしてくれたの…。全てママのお陰様よね、五月!」半ベソをかきながら熱弁するB子ママは、とても素敵で美しく見えた。「そうよB子、ママのお陰で、私達は本当の親友になれたんだもんね!みんな聞いて、実は独立を勧めてくれたのも、この物件を探して来てくれたのも、保証人や足りない資金を貸してくれたのも、全部B子なのよ!ママとB子には、私!本っ当に、足を向けて寝れないわ…。」五月さんは、B子ママと手を握り合い、またその瞳からは溜まっていた涙がこぼれ出していた。「あら、五月!ミントさんや私達はどうなるのよ!ねぇ末那、何か言ってあげて頂戴!」
と私に笑いながら話を振るエミさんに、「いや、五月ママも、今とっても頑張ってらっしゃいますし、お姉さん達の事は、いつも感謝してるっておっしゃってましたよ!なんか昔の五月さんじゃないみたいです。」と思わずそう言うと、みんな笑い始めた。「でもさぁ、ママのお通夜の時の五月のあの服は笑ったわ。黒だったら良いってもんじゃないでしょ?だって黒のスパンコールのドレスなんか着て来てたのあんた位しかいなかったもんね!」とエミさんは笑いに拍車をかけてくれた。「ごめんなさいねぇエミ姉さん!だから葬儀はちゃんと喪服で出たでしょ…。」
と五月さんが言うと、「五月ママ、あの喪服、凄くお似合いで素敵でしたよ。」とウノちゃんがフォロー交じりに口を挟むと、「ウノさん、末那さん!もう少しだけどアルバイト宜しくお願いしますねぇ~!」と嫌味を言う時は、口を曲げて言う五月さんの癖は治ってなかった。「こちらこそ、あと三日間、何卒宜しくお願いします、五月ママ!!」と私達二人は頭を下げた。「ところでさぁ、五月?B子とはどうやって仲直りしたのよ?気になってしょうがないじゃない。ねぇ、教えてよ!」と問うエミさんに、B子ママが「それは、ママが天国から降りて来て、私達二人を呼んでさぁ、おミー(ミーティング)してくれたのよ!そうよね!五月!」と言っていた。

ウノちゃんも私も、その話に興味があり、耳はそっちに向いていたけれど、ミカちゃんが働きだした風俗店の近況報告が、あまりにも面白過ぎて、そこから後の話の経緯を聞き逃してしまった。エミさんは帰り際に私を呼んで、「ねぇ末那!ボーダレスのオーナーが末那の事を、とっても欲しがってるのよ!意外と働き易いお店だし、オナベちゃんも皆良い子ばっかりだし、美帆ママはちょっとウルサイけど、理不尽な事は言わないし、他のニューハーフの人達も優しいわよ!もう一度話しだけでも良いからオーナーと逢ってくれない?そしたら私の株も上がるじゃない。わかるでしょ!?末那、お願いよ!」と言い残し、明さんの分のお会計まで済ませて帰って行った。

私が今晩気になった事は、ホモに戻ったミントさんが、少し老け込んで見えた事だけだった…。
一週間のアルバイトも無事に終え、もう少しだけ手伝って欲しいと言ってくれる五月さんの誘いも上手く断り、私は単発のショーの営業をこなし、気ままに日々を送っていた。ウノちゃんは大阪に帰ったので、少し淋しかったけど、たまにミカちゃんと食事をしたり飲みに行って話すガールズトーク?は楽しくてたまらなかった。

そのうち単発の仕事も無くなり、いつまでもその日暮らしという訳にもいかず、私はエミさんに連絡し、ボーダレスのオーナーに逢う事にした。条件や日給が思った以上に良く、何だかんだ言いつつ、背に腹は変えられぬという私の性格を思い知った。そして入店しようという決意を固くさせた。ママがいつか言っていたみたいに、所詮オカマはお金を稼ぐ事位しか出来ないのかも知れない。私は三月三日の春のショーから、六本木・ボーダレスで働く事にした。接客中、今晩も、少し下品な下ネタを交えたトークをしていると、美帆ママから楽屋へ呼ばれ、「ここは港区ですよ!新宿と違うんですから、そんな下品な会話は困りますわよ、末那さん!」
といつもの小言を言われてしまった。