※このネタだけで一本かけたなって思ったけどあえて詰めました(爆)
あの人が出て来ると大抵物語がひっちゃかめっちゃかで訳分からなくなります。今回はそれに加えてページ制限で全部詰められなかったので、更に支離滅裂かも。すんません。




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  03咲



 体育館を出ると、雨が止んだのを良い事に軒を連ね始めた露店の光景が真っ先に広がった。こういったお祭りだと食べ物がまず売れるのはどこでも同じで、結構な人だかりが出来ている。来校者もかなり増えたみたい。

 賑やかな喧騒の合間に、露天に向けて注文を叫ぶ人。(叫ぶ方も聞く方も大変だ)パンフレットを見ながら回る順番を検討しつつ通り過ぎるカップル(周りの目を気にせずイチャイチャするカップルを見るのは苦手)。待ち合わせをしているのか、雨上りの木の下で静かに佇む女の人(遠目でも美人さんだ。ああいう清楚な感じ、私は一生無縁だわ……)。来年受験するのか、どこかの中学の制服を着た学生たちは興奮気味に店を見学している(きっと下見よね。この学校そんなにレベル高くないはずだけど、頑張れ~)。

 とりあえず成り行きで巻き込まれたとはいえ、他にやることもなかったし丁度良いのかも知れない。

 もちろん、先輩の試練(?)の話。

 ヒントが全くなかったらどうしようって思ったけど、鎧武者さんの登場でちょっと安心。……まぁ、『寺』って何の事か、現時点では全く分からないんだけど。

 にしても、普段他の学年の体育の授業なんか全く見ないから、先輩の剣道(というにはあまりにも邪道な剣道だったけど)姿を見たのはなんか新鮮だったな。鎧武者さんの動きは早すぎて殆ど認識できなかったんだけど、先輩の動き、何て言うか、綺麗だった。

 料理してる姿しか見た事なかったけど、先輩って結構運動神経良いのね。

「……何だ?」

 なんて考え事しながら先輩の方を見たら、何だかものすごく苦い表情された。さっきからなーんか様子が変だけど、多分訊いたら機嫌悪くなる気がするから止めておこう。

「いや、これからどうするのかなって」

 とりあえず、半分くらい誤魔化す言葉を返してみる。鎧武者さんは先輩の家にいる物の怪って事で、先輩に関わりのある存在だからヒントを持ってくる人としては納得がいく。でも逆に、この先は誰が関わって来るのか、そもそも人が関わって来るのか事象が関わって来るのかも分からない。そういうヒントを探さなきゃならない訳で。

「そうだな……とりあえず――」

 私が先輩の言葉を聞き取れたのは、そこまでだった。

「見つけましてよ!!」

 どっからどう聞いても高飛車なお嬢様の大声が、先輩の言葉を遮る。辺りの喧騒を全部吹き飛ばしかねない声は当然ながら周囲の注意を引いて、視線が集まる。

 声の主と注目されている事とのダブルパンチに、先輩が眉を顰めた。

「慧羽月司! 今回こそはわたくしのミッションに立ち会って」

「断る」

 お嬢様の言葉が最後まで終わらない内に、先輩は絶対零度を発動させた。

 真っ黒で長い髪。毛先だけ縦ロール。今日はちゃんと制服を着ているけどよく見たらブラウスにひらひらがついてるわリボンが高価そうだわスカートの裾にレースついてるわ。言葉と見た目の端々にお嬢様臭(って表現は悪いんだけど)を漂わせた女の人。

 氷室響子先輩。学年は慧羽月先輩と一緒で三年。どうしてこの学校に来たんだろう? ってくらいの生粋のお嬢様で、見た目の美人さも相俟って男子からの人気も厚い。オカルト研究部の部長さんで、そのせいだと思うんだけど慧羽月先輩に無理難題をふっかけてる人。

 この間は堂々とボディーガードをはべらせてたけど、さすがに今日はいないみたい。……見えないところにいるんだろうな。その代り、普通の男子生徒をはべらせている。いや、勝手にはべってるのかな? というか、オカ研の部員って考えるのが自然か。

「この間付き合った。その時に『一度きりだ』とも言ったはずだ」

「全く成果の出なかったミッションを数に入れないで欲しいですわね」

「お前が入れていなくとも俺は入れてるんだ。これ以上付き合う義理はない」

 氷室先輩と言えばオカ研の部長。つまりオカルトに多大なる関心のある人であって、多分また『幽霊が見たい』とかで慧羽月先輩を呼び出したいんだろうな。でも、私やあかね、友香の一般人組すら見えるももちゃんも見えない上に、幽霊多発地帯でも全く見えなかった人だ。相当頑張っても望みは薄いんじゃないかなぁ。

 ……っていうか、そのももちゃんどこに行ったの? と思って辺りを見回したけど、目立つはずの桃色の髪はどこにも見えない。どうやらどこかに行っちゃったみたい。見えない人と見える人が交錯する場だと、慧羽月先輩や私が反応に困るから……いや、きっと氷室先輩の濃いキャラが苦手で逃げたのね。

 うぅ、羨ましい。私だって出来るなら逃げたい。

「遠戚のお姉さまの我儘には付きあえて、わたくしには付き合えないと?」

 あ、さっきの試合、見てたんだ。いや、ボディーガードからの連絡かもしれない。だとしたら怖すぎる。何しても氷室先輩に情報が筒抜けって事じゃないの。プライバシーも何もあったもんじゃない。

「他人だしな」

「後輩と文化祭を回る事はしますのに?」

「論点がずれてないか?」

「わたくしが誘った時は断ったじゃありませんの!」

「…………そうだったか?」

「そうですわよ!!」

 顔を真っ赤にさせて怒鳴る氷室先輩と、本気で悩み顔な慧羽月先輩。不満げにする氷室先輩の顔色を悟って、周りでブーイングを撒き散らす男子生徒たち。

「断ったんですか?」

 よくこんな押しが強くて断った方がめんどくさそうな人の誘いを断れるなぁ、先輩。いや、先輩だから断れるのかも知れないんだけど。

「記憶にないが、誘われたところで俺が受けたと思うか?」

 思いませんけど口にし辛いです! 質問返しは時と場所を弁えて下さい!

 私が思いっきりしかめっ面をしてみせると、それで分かってくれたのか慧羽月先輩は溜息と共に肩を竦めた。

「とにかく!」

 私たちが会話をするのも気に食わない様子で、氷室先輩はびしっと人差し指を伸ばし、ついでに同じ腕をぶんぶん振り回す。

「今回のミッションは前々から依頼をしていた件です! 今回こそ付き合って頂きますわよ!」

「前々から……?」

「藤崎、行くぞ」

 慧羽月先輩は場の空気を丸無視。ガードの薄そうな場所からどこかへ行こうとする。

「あ、ちょっと待って下さいって」

 私が慌てて後を追おうとしたら、前方を氷室先輩に塞がれた。

「あなたでも宜しいですわ」

 両手を腰に当ててぐいと顔を近付けてくる。にんまりと笑うその笑顔が、真っ黒くろな感じに見える。

 どう見ても嫌な予感しかしない。

「……な、なんでしょう?」

「あなた、確か――」

「ぼーっとするな」

「へっ?」

 氷室先輩の真っ黒な笑みを更に黒い影が遮って、気付けば私は慧羽月先輩に腕を掴まれて強制連行されていた。でも、それもすぐに止まる。

 体勢を整えて顔を上げれば、前方に男子生徒の壁。

「逃げ場はありませんことよ?」

 後方から氷室先輩の声。

「……望んだものが何でも手に入ると思うなよ、お嬢様?」

 慧羽月先輩は後ろを振り返って、皮肉に笑みを歪ませる。ただ、目が笑ってないから、怖い。元々切れ長の目なのに更に鋭く見えて、普段の五割増しくらいで怖い。

「わたくし、我慢するのは嫌いですの」

 どこからともなく扇子を取り出して、口元を覆う氷室先輩。こっちも目が笑ってない。ホントにこの二人相性悪いなぁ。間に挟まれた私の気持ちもちょっとは考えて欲しい。

 腕掴まれてなかったら、走って逃げたいわ、マジで。

「あなたに関してだけですわ。わたくしが柄にもなく忍耐強く待ち続けているのは。ですがものにも限度というものがございますの」

「俺とてそこまで無慈悲なつもりはないが、お前にだけは慈悲を掛けたくない」

 なんか聞きようによっては告白とも取れる氷室先輩の台詞を、さらっと流した上に一刀両断する慧羽月先輩。これはヤバい。マジでヤバい。気付けば不穏な空気にギャラリー増えてるし。今日は文化祭で一般の人だっているってのにこの二人は!

 大体、外廊下ってそんなに広くないのよ。その上露店が出てるから行列で人がいるし、体育館ギャラリーの通行で廊下は埋まるし、校舎からだって人は通る。外廊下の真ん中で十人単位の人間が固まったら、はっきり言って、邪魔! ギャラリーがいるのは確かだけど、その中に『こいつら何やってんだよ、邪魔だよ』ってオーラを発している人は少なくとも七割はいるはず!

「あの!」

 不穏な空気の間に割って入るのは気が進まないけど、ここは仕方ない。

「場所変えましょう! ここじゃちょっと通行人の邪魔です!」

「こいつらが退けば問題は解消する」

「そう言って逃げようとしても無駄です。……そうですわ」

 ぽん、と。氷室先輩は扇子を持った手を打った。

「後輩さんの言う通り、場所を変えて交渉いたしましょう。わたくし、良い場所を知っておりますわ」

 満面の笑みの提案。あまり良い予感はしないけど仕方ない。

「お前の――」

「先輩、ここは言う通りに動きましょうって。他の人に迷惑ですって」

 尚も畳み掛けようとする慧羽月先輩を必死に宥め、私たちは移動を開始する。

 嵌められてるんだろうなってのは、分かってたんだけど。



「…………」

 ……分かってたんだけど。でもやっぱり嵌められたのよね。

 人の流れと周りの壁(オカ研男子)の都合上、私たち(この場合は私と慧羽月先輩)は足を止める間もなく相手の目的地までやって来てしまった。

 その移動距離は半端なかったんだけど(四階よ、四階。屋上を除けば校舎の最上階。私たち外から来たんですけど?)、途中止まってやり取りを再開できるような場所もなかったから仕方ない。

 仕方がないんだけど。

「…………」

 氷室先輩はにんまりと笑っている。私たちをここまで連れてこられたのが物凄く嬉しいみたい。逆に、慧羽月先輩は仏頂面(あっと、これはいつもの事か)。

 そして、私は。

「…………」

「さ、ずずずいっと」

「誰も入るとは言っていない」

 氷室先輩が指し示す入り口。視聴覚室の扉。

 そこはオカ研が今日一日貸し切っている場所で。

 入口の上に遊園地も顔負けのいかにもお金が掛かっていそうな看板が掛かっている。

 “お化け屋敷”。

 迂闊だった。もうちょっと考えて動けば良かった。

 オカ研はオカルト研究部で。オカルトには幽霊も入る訳で。そんな部活が文化祭の出し物に選ぶ物って、ちょっと想像がつきそうなもので。

 どうでも良いけど、私お化けとかゾンビとか、とにかく怖いものは大っ嫌いなのよ!

「ここまで来てしまったのですし、腹を括ったらいかがです?」

「お前の道楽に付き合う義理はないって言ってんだ。お前に付き合うくらいならクラス展示の手伝いをした方が数百倍はマシだ」

 先輩たちのやり取りは相変わらず平行線。

 そういえば、氷室先輩『前から頼んでいた』とか言ってたな。でも普段視聴覚室は視聴覚室としての機能を発揮しなきゃいけない訳だから、もし依頼内容が“お化け屋敷を体験してもらう”事だとしたら、文化祭のたびに依頼してたって事になる。

 それとも、オカ研の部室は普段からお化け屋敷仕様なんだろうか。……嫌だ、そんな部室。

「あなたは入りますわよね?」

「ふえっ?」

 我に返ると、氷室先輩の顔が目の前にあった。思わず仰け反る。

 嫌なんですけど。でも一応先輩だって思うと、(立場が本物のお嬢様って事もあって)断りにくい。

 代わりにすすす……って後ろに下がろうとしたら、がっと腕を掴まれた。と思ったら、その腕がパンって叩かれた。

 自由になる私の腕。私たちの間に立つのは慧羽月先輩。頭しか見えないからどんな顔してるか分からないけど、氷室先輩がちょっとびくってなって後ろに下がったって事は、相当険しい顔してるんだろうな。

「……そ、そうやって睨んでも駄目ですわよ。約束を破ったのはそちらなのですから、わたくしには強制する権限が――」

「ない」

 きっぱり言い切る。そりゃ、受けてない依頼に関して“約束を破った”はさすがに強引すぎるよねぇ。

 慧羽月先輩だって“氷の王子”の異名は持ってるけど、実際そこまで冷たい訳じゃなくて優しい面だってあるんだから、氷室先輩ももうちょっと素直にお願いすれば聞いてくれるんじゃなかろうかとか思うんだけど。お嬢様育ちがそうさせるのかなぁ。

 ……っていうか、あれか。そういう話題に疎いから考えになかったけど。

 氷室先輩って、慧羽月先輩の事、好きなのかな? でなければ、こんな強引にしかもしつこく、慧羽月先輩に付きまとう理由、ないよね。

 そう考えると、私が慧羽月先輩と喋ってるだけで睨まれる理由にも納得がいく。やたら私をお化け屋敷に放り込みたがる理由も推測できる。前回無理矢理巻き込まれたお化けの森騒動で、私が怖がりなのを氷室先輩も知ってるはず。だから。

 ……嫌がらせしたい訳だ。うわぁ。

 勘弁して。私と慧羽月先輩は、単に料理部の先輩後輩でしかないのに。あかねと友香と言い、どうして人は男女で一緒に行動してるとそういう目で見たがるのかしら。はた迷惑だわ。

「お前いい加減そのお嬢様気質直せ。家柄で優遇されるなんざ今だけだぞ」

「生まれ持った能力を持たない者に提供しないあなたに言われたくありませんわ」

「…………」

「あら、言い返しませんの?」

 氷室先輩はしたり顔で扇子を揺らす。でも、慧羽月先輩って、力が必要な時はちゃんと使ってる気が……あ、氷室先輩がその場面に居合わせた事がないだけか。

「野次馬」

 ぼそりと呟かれた言葉。背後にいる私も思わずびくっとしてしまうような、怒った声。

 これ、そろそろ本格的にヤバいんじゃ……。

「なっ」

「あの」

 お嬢様も怒り心頭で何か言いだしそうだったけど、このままじゃ永遠に平行線だろうから仕方ない。先輩方の口論に首突っ込みたくなかったけど。

 慧羽月先輩が振り返る。氷室先輩は「何ですの?」と、眉間にシワを寄せて凄んでくる。

「嫌がってるのをごり押ししても、一生平行線だと、思います、けど」

 完全に“北風と太陽”だ。しかも、この場に空気を暖めてくれる太陽はいない。冷たい風が吹き続けて、旅人は着ぶくれるばかり。

 話が終わりゃしない。

「慧羽月先輩だって、こんなに頑なな人じゃないですよ。ちゃんとお願いすれば聞いてくれない訳じゃ」

「そうやって肩入れして好感度上げてるんじゃありませんわよ!」

「へ? いや、そういう意味じゃ――」

 確かに慧羽月先輩の味方する発言したけど。北風じゃなくて太陽になった方が良いって助言的なものをしようと思っただけで……。

「知った口をきいて邪魔をしないで下さいまし! わたくしが企画、制作手配をしましたからクオリティはお墨付きですわ! トラウマになるくらい怖がっていらっしゃい!」

「へっ、だから、うわっ!」

 氷室先輩はそれこそ突風並みの速さで私の腕を掴んで引っ張って、視聴覚室に放り込んだ。背後でバタンと扉が閉まる。

「がーー」

「ごーー」

「ぎゃーーーー!!」

 放り込まれた勢い冷めやらずよろよろしていたら、薄暗くて狭い通路の両側から黒い塊が飛び出してきた。

 ゾンビか何かか分からないけど、とりあえず突然の事に我を忘れて絶叫する。

 思わず床に座り込んで鞄を抱き締める。周りで驚かそうと何体かのゾンビ(オカ研の部員だって分かってても、怖いものは怖い)がぎゃーわー騒いでいる。

 だから、怖いのは嫌いなんだってば! 氷室先輩をちょっとでも擁護してあげようと思った事後悔してやる! もう親切になんかするもんかぁ!

「だーー」

「こいつは脅かしがいがあるなー」

「がーがーがー」

 騒ぐ間に明らかに楽しんでる声が聞こえるけど、最初のショックが大きすぎて目も開けられない。

 どうしよう。きっと背後には扉があると思うけど、周りに人がぎっしりいるのが分かるから立とうにも立てない。目を開けたら目前に誰かいるんだろうなぁ……。

 って思ってたら。

 ドンガラガッシャン! って効果音がばっちり嵌りそうな凄い音がして、びっくりして私は目を開けてしまった。

「マジで投げるやつあるかよ!」

「セット壊れたぞ! 急いで直さねぇと!」

「ビビって動けなくなってる奴を面白がってる方が悪い」

 気付けば周りに蠢いてたゾンビ軍団がいなくなって、代わりに一人だけ、先輩が立っていた。前方の壁に穴が出来てて両足が突き出している所を見ると……ええっと……投げられたのかな? ゾンビさん。

 ゾンビ(という名のオカ研部員たち。全員男子。何人いるんだろ?)たちが壁の修理に掛かりっきりになると、完全に私たちの存在は忘れ去られた。いや、その方が助かるんだけど。

「……すみません」

 先輩を見上げて、呟くように言う。最初のショックはやっぱり大きかったみたいで、声が上手く出せない。

「お前のせいじゃないだろ。全面的に氷室が悪い。……ただ」

 先輩は私の前に膝を折ると、呆れかえった目で見てきた。

「お前、どうして本物が平気で偽物が駄目なんだ」

 本物……それって多分、市松さんたちみたいな妖物の事を言ってるんだよね? 幽霊に関して言えば、私は本物だろうが偽物だろうが……あーでもももちゃん幽霊か。

「いやあの……いきなり出てきたらビックリするじゃないですか……」

 道の角から人がいきなり出てきてもびくってしちゃうのよね、私。普通にビビリなんだと思う。一般人が出てきてもビックリするんだから、それがお化けとか見た目怖いものだったら尚更……駄目。

「分かれば良いのか」

「え?」

「どこからどのタイミングで出て来るか分かれば、怖くないのか」

 そりゃあ、事前に来るか来ないか分かっていれば大分違うとは思うけど……でも、お化け屋敷とかってそういう作りにしてなんぼなんじゃ……。

「え、と。どうでしょう」

「立てるか?」

 曖昧に笑って誤魔化していたら、先に立ち上がった先輩に手を差し伸べられた。

 うぅ……この状況でこのシチュエーションはなんかちょっとずるくないですかぁ?

 とは思うんだけど、もうこの部屋から出れれば何でもいいやって事で、ありがたく先輩の手を借りて立ちあがる。

「そのまま繋いでろ」

 私が立つのを確認すると、先輩は腕を引くように歩き出した。

 だからずるいんだって……。

「次、左から来るぞ」

「へ?」

「が、がおー……」

 私が呆然としている間に、先輩が言った通りの方向からゾンビが顔を出す。ただ、事前に言い当てられたせいか、勢いがない。

「右と左後方」

「うぅー……」

「前方」

「慧羽月お前な! 先回りされたら意味ないだろうが!」

 遂には、ゾンビ側からクレームが出る始末。

 何だろう。物凄く人間らしい反応で、おかげで私もびっくりしないで済んだ。

 落ち着いた所で改めて室内を観察する。薄暗さの相乗効果はもちろんあると思うんだけど、セットがとにかくお金かかってる感満載。行った事ないけど、多分遊園地顔負けの精巧さなんじゃないかな。

 壁は老朽化した石壁風(多分パネルだけど)。所々十字架が張り出していたり、柳っぽい植物が垂れ下がっていたり。牢獄に見立てられた鉄格子風の場所には、骸骨の面(って言うけど、これがまた精巧で不気味)被った部員が蠢いているし、見通しの悪い道の向こうで火の玉っぽいものが揺らめくのも見えた。

 なんか西洋と和風がごっちゃな部分もあるけど、主軸としてはゾンビの蔓延る廃墟通りって感じなのかな?

「どうだ?」

 先輩はゾンビの言い分を無視して、私を振り返る。

「えっと……平気です。今のところ」

 私は正直に答えた。

 それにしても、次に出て来る場所を的確に言い当てる先輩のスキルの高さと言ったら。今日は驚かされてばっかりだわ。

「すぐに回れ右しても良かったんだがな。いい加減あの五月蠅い女に付き合うのに疲れた。そんなに広くないだろうから、少しだけ我慢してくれ」

「あ、はい。……あの、先輩」

「何だ?」

「結局、何を依頼されてたんですか?」

「……こういう場所を作ったら、“本物”は寄って来るのか」

 先輩は歩を止めず、めんどくさそうに答えた。成程、いかにも氷室先輩が思いつきそうな事ではあるけど、でもその検証、本人も一緒に来ないと意味ないんじゃ?

 試しに後ろを振り返ってみるけど、氷室先輩の姿はない。ついて来てはいないみたいだ。

「普通ならいたかも知れんがな。今日は絶対に居ない。稲荷神の霊圧で近付けもしないだろう。からといってそれを説明するのも面倒くさい。適当に濁して逃げようと思ったが、あいつはいつまで経ってもしつこいな」

「いやあの、先輩。氷室先輩は多分、先輩にこう」

「皆まで言うな。聞きたくもないし知りたくもないし認識したくもないし考えたくもない」

 ……否定が多すぎます。でもそうか。先輩、自覚というか、認識というか……知ってたんだ。分かっててあの態度なんだ。そうですか。

 話している間も私たちは進んでいる訳だけど、どういう訳かさっきからゾンビの姿がない。一人も出てこない。先輩に居場所を当てられちゃうからかなと思ったけど、出てこないならそれはそれで安心だから良いような気もする。

 けどそう思っていられたのは、ほんのちょっとの時間だけだった。

「…………」

 先輩が立ち止まる。私も同じく。

 目の前には扉があるけど、視聴覚室の出入り口じゃない。パネルとかで作られた本日限定の扉。扉には張り紙がしてあって……。

「…………」

 “お一人ずつお入り下さい”の文字。

 誰もいないのはこのせいだ。多分、皆でこの扉の奥にいるんだ。

 勘弁して。絶対、絶対、ぜええっったい、無理!

「あの……」

 先輩は私にちらりと目をやって、その後繋がれた手に目を落とした。

「掴まってろ」

 先輩はそう言って、繋いでいた手を離すと自分の腕を示す。

「へ?」

「それで一人って事にしておけ」

 良いのかそれは?! いやありがたいんだけれども!

「企業施設ならまだしも、ここは学生がやってる遊びみたいなもんだ。いちいち従ってやる必要はない」

 遊びて。そんな事言ったらまた氷室先輩が逆上しますよ?

 とは思うけど口には出来ない。背に腹は代えられないってものだ。

「怖かったら目、瞑ってろ。引っ張ってやるから」

 もうプライドとか全部捨てて先輩の腕にしがみつく。更に親切な言葉が降ってくる。

 ……やっぱり、そんな冷たい人って訳じゃないのよね。氷室先輩ももう少し素直に話せばいいのになぁ。

 完全に目を瞑っちゃうと危ないけど怖いから薄眼だけ開けて、私たちはパネルの扉を開いた。

「がーーーーーーーっ!」

「それーーーーーーーーーっ!」

「一人で入れって書いてあんだろーがーっ」

「者どもかかれーーーーーーーーーー!」

「にゃーーーーーーーーーー」

「ごーーーーーーーーーー」

「だーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 凄かった。色んな意味で。

 薄暗い中に大量のゾンビメイクな人がひしめいていて、私たちが中に入った途端各々好き勝手叫びながら襲いかかって来る。勿論本気で暴力は振って来ないけど、肩を掴もうとするわ頭掴もうとするわ足引っ張ろうとするわ(被害は全部先輩。私に触って来る人がいないのは、やっぱり性別的な問題かな?)。軽い地獄絵図状態。

 ただ。

 そんな中でも、先輩は平然と出口に向かって進んでるんだからもう超人としか言いようがない。

「こんにゃろーーーーーーーーーーーーーっ!」

「」

 眼前に誰かが飛び出してきてびっくりして、私は思わず目を閉じた。

 その直後。暗転していた瞼の裏が、真っ白になる。

「眩しっ」

「とっ、溶ける!」

 周りの阿鼻叫喚を聞く限り、どうやら部屋の中に明かりが入ったみたい。

 誰かスイッチ入れたのかと思ったけど、扉が軋んで開く音と同時に「慧羽月てめー覚えてろこらーーー」っていう叫び声が複数聞こえたから、多分先輩が何かしたのね……。

「藤崎、出たぞ」

「えっ? あ、はい」

 先輩に言われて目を開ける。そこは確かに入った扉からちょっと離れた、もう一つの視聴覚室出入り口だった(今は出口オンリーだけど)。

 目の前には先輩が……。

「あ、あれ?」

 頭から黒い布をすっぽり被った誰かが、慧羽月先輩に首根っこを掴まれて項垂れている。

「最後の部屋で拾った。こいつ、お前んとこの猫だろ」

 そう言って、先輩は捕まえている人のフードを引っ張った。現れたのは、黒髪と黒いねこ、みみ……。

「黒霧」

「いやーさすがは旦那っすー。人込みに紛れてればばれないと思ったんすが。見つかっちまいましたねー」

 長い黒髪を背中で束にして、紺色の作務衣を来た男の子。猫耳と尻尾が今日に限ってはコスプレに見えなくもない相手は、黒霧。恩返しだとかで、私の家に居候中の妖怪。ちなみに猫又。

 でもおかしい。確か黒霧は力を封じられてるとかで、普段は猫の姿でしかいられないはずなのに。

「何でここにっていうか、何で人の姿でいられるの?」

「大方、こいつも稲荷神に使われてるんだろ」

「にゃー」

 先輩の言葉に、黒霧は首を竦めて頭を掻く。どうやら正解みたい。

「自分みたいな若造に神さんからの頼みなんて恐縮なんすけど、頼まれたからにゃーきっちしこなさなきゃっすからね。お嬢には黙ってて悪かったす」

 いや、別に黒霧がどこにいても私は怒りゃしないけど。でもちょっと待って。黒霧が手伝ってるって事は……。

「市松さんも、学校に来てるの?」

 そんな事、一言も……って、言える訳ないか。

「どうっすかね? 自分はいつも通り屋根にいる間に呼ばれてそのまま連れてこられたんで、旦那に何も言付けられなかったっす。気配で探そうとも思ったんすが……」

「今日は無理だろ。余計な気配だらけだからな」

 言ってる事がよく分からなくて首を傾げていたら、先輩が説明してくれた。どうやら、稲荷神様の手回しで、今日は人も妖物も幽霊も、気配がごっちゃで上手く読み取れないらしい。それはどうやら先輩のみならず、妖怪である黒霧も同じみたい。

 つまり、同族やら訳分かんない存在やらが紛れ込んでいても、容易に探せないって事だ。

「近距離なら何とか探れるからな。全く、絶妙な調整だ」

 そうか。皆が知らない内に、この学校は先輩の試練仕様に改造されてるって事か。

 神様……恐ろしい人。いや、神なんだけども。

「じゃあ、黒霧も何かヒント、持ってるの?」

「へい。勿論っす。どうぞっす」

 そう言って、黒霧は懐から手紙みたいのを取り出した。最初に鎧武者さんが先輩に渡したのと同じもの。

「何て書いてあります?」

「……『火』だな」

 中から取り出した紙を見つめて、先輩は答えた。

 『寺』の次は『火』かぁ。これは本格的に行き先を告げてる訳じゃなさそう。からと言ってこの二つからじゃ、何を表しているのかさっぱり。

「後何人いるか、黒霧は知ってる?」

「いや、自分ここで気配を隠しつつ旦那を待ってろとしか言われなかったんで」

「……ここに来るの、神様的には大前提だったんだ」

「……らしいな」

 黒霧の言葉に、思わず苦笑いしてしまう。

「あれ?」

 そういえば、氷室先輩の姿が見えない。一緒に入らなかったんなら、ここら辺にいるだろうと思ったんだけど。

「ちょっと、どこに行ったんで」

「ぎゃーーーーー」

「わーーーーーーー」

「ちょっ、わたくしですわとおしな」

「しゃーーーーーーーーー」

「えばづきつかさどこで」

「がーーーーーーーおーーーーーーーー」

「きゃーーーーーーーーーー!」

「…………」

 背後から聞こえてくる阿鼻叫喚に、私たち三人は顔を見合わせた。

 やっぱり、氷室先輩追ってきてたんだ。でも、何で責任者が驚かされてるの?

「いいいいい加減になさい! わたくしだと何度いったら」

「がーーーーーーーーーー」

「きゃーーーーーーーーーー」

「おじょーーーーーーー」

「怯える顔萌えーーーーーーーーー!」

「写メ撮れ写メ!」

「ギャップ萌えーーーーーーーーー!」

 これは……部員たちが完全に楽しんでやってるの確定だわ……。確かに、氷室先輩ってあんまり高飛車以外の感情見ないけど……ご愁傷様。

 ボディーガードに狩られないと良いわね、男子諸君。

「今の内に行くか」

「えと、先輩? 助けてあげるとか……」

「しない」

 ……デスヨネー。


04に続く。

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