相続おじさんのブログ

相続おじさんのブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!

<夏休みの宿題>

 先月の後半、つまり“夏休み”の終盤は子供のころ憂鬱な時期でした。みなさん思い出しませんか。“夏休みの宿題”を。

 私の小学校中学校のころ(今から40~50年前ですが)は、私の記憶では夏休みの宿題が今よりも多かったように思います。“夏の思い出”という問題集、読書感想文、自由研究、日記、図画、ポスターなどなど。(我が息子らに聞くとそんなに変わっていないようですが・・・)。

 私の不得意は、図画・工作・自由研究。夏休みの終わり近くになってセミやカブトムシなどを捕まえてきて標本を作ってお茶を濁していました。友達も似たり寄ったりでしたが。

 ところが、娘や息子の時代になるとそれが違っているようでした。我が家の方針で、“宿題は自分でするもの”と言っていましたので、子供らは自分で何かを作成して提出していました。そんなあるとき、学校で自由研究の展示会があり、見学してびっくり!なんと立派な自由研究や工作。それに比べ我が子の貧弱さ・・・。

 知人に聞きますと、夏休みの工作・自由研究は親がやるのが普通なのだと。親の腕の見せ所だと。

 子供で失敗したので小学1年生の孫に力を入れようと思いましたが、親がつまり私の娘が“宿題は自分でするもの”という家訓を守り、応援をさせてくれません。

 おじいちゃんとしては、貧弱なものにならなかったことを祈っているばかりです。 

<相続こぼれ話>「相続人の確認4 養子縁組」

 ある日男性から「知り合いの人の相続の相談にのってほしい」というTELを受けました。

後日来店を待っていましたら、中年男性が高齢の女性を連れてやってきました。見た目は親子といった様子でしたが、男性の態度や言葉遣いが丁寧でしたので親子ではないなとは思いましたが、女性の方は男性のことを信じている様子でした。

二人の関係を聞いてみると、男性は以前女性のご主人が経営していた会社に勤務していて、暖簾分けをしていまは独立して小売業をしているとのこと。

早速相談内容を伺いました。

女性が言うには、女性のご主人が先月亡くなった。ご夫婦には子供がいないし、ご主人には兄弟姉妹がいないので相続人は自分だけだと思っていた。しかし、いざ手続きをしようとすると自分たち夫婦に養子が二人いることが分かった。ご主人の相続で自分はどうなるのかという相談でした。

女性に養子縁組の手続きをしたことを覚えていないか聞きますと、そのようなことをしたことがないと。しかし、思い出してみると、ずっと昔にご主人から書類にハンコを押すように言われたので、内容も確認せずにハンコを押したことがあったというのです。今から思えば、それが養子縁組の書類だったのではないかと。

そこで、今回のご主人の相続手続きについて簡単に説明しました。遺言を遺していないとのことなので、相続人による遺産分割協議になること、つまり女性と養子二人での遺産分割協議で遺産の分割を決めることを説明しました。

しかし、女性は納得しません。なぜかというと、その養子二人は全く自分たち夫婦の面倒を見ないのになぜ財産をやらなくてはいけないのか。この財産は夫婦二人の努力で築いてきたもので、養子がもらう権利はないと、高齢ながらはっきりした言葉で訴えかけてきました。

しかし、気持ちはわかるのですが、法律はそのようになっていません。相続人による遺産分割協議となります。その養子は、ご主人を虐待したり、重大な侮辱をしたり、非行をしたわけではないので、相続人廃除というわけにはいきません。

後日遺産分割をする準備として、養子の親と話し合いを持つことになりました。その日は、女性が亡きご主人の遺影を持って話し合いに臨みました。

養子の親はその遺影を見て一瞬たじろぎましたが、そのあとは冷静さを保っていました。

女性の方から、ご主人の亡くなった状況などを涙ながら話しました。また、養子になっていることを知らなかったことを伝えるとともに、なぜ見舞いや葬儀への参列がなかったのかなどと養子の親に問い詰めました。

そうするとその親は、本人たちは現在大学生で勉強が忙しく遠方からやってこれなかったと。申し訳ない。今度帰ってきた時は、かならずご焼香に行かせると。

横で聞いていましたが、言葉からはまったく真実味が感じられません。

さて、遺産分割協議の話に移ると、女性は全財産を自分が相続したい旨を懇願しました。しかし、養子の親は、女性の話など全く聞いていなかった態度で、法定相続分を相続したいと要求しました。

女性は、怒りで手が震え、顔を真っ赤にして養子の親を睨み返していましたが、親は涼しい顔をしていました。

その日は、これ以上興奮してしまうと倒れてしまうことが予想されたので、そこまでとなりました。

養子の親が帰った後、少し冷静になってきた女性となぜ養子縁組となったかを聞いてみました。

女性は全く記憶になかったのですが、かすかな記憶を思い返してもらうと、書類にハンコを押した時期の半年くらい前から盛んに養子の親がご主人のところに来ていた。その親はご主人と遠戚にあり、養子となった兄弟は小学生のころから優秀でご主人は将来を楽しみにしていたようだったと。

遺産分割協議の相談をはじめて約3か月、何度も協議を重ねたのですが、養子の親は全く引き下がる様子はなく、女性の方は心労が重なり、毎日が眠れない状態。最後はもう早く決着をつけたいという気持ちになっていました。結局女性は1/2、養子各1/4という法定相続割合で相続することで決まりました。

ご主人の時はこれで済みましたが、今度は自分の相続の時です。このままでは全財産が養子二人に行ってしまいます。そんなことになれば死んでも死にきれないと。そこで弁護士と相談して、遺言書の作成と養子縁組離縁の申し立てをすることにしました。

遺言書作成はスムーズにいきましたが、養子離縁はなかなかうまくいきません。結局これもお金で解決するしかありませんでした。女性が養子に数千万円支払って離縁することとなりました。

後日聞いたところによりますと、養子の親が自分の事業に、養子が相続した財産・離縁の解決金をすべてつぎ込み、それでも事業がうまくいかず、結局自己破産してしまったとのことでした。

被害者はもちろん老婆ですが、何も知らない養子が、悪者になってその上財産が全くなくなったという悲劇の主人公になってしまいました。