4年ほど前に亡くなられた、ひろさちや先生の講演を聴講したことがあった。
ひろ先生、ひらがなのお名前。本名は増原良彦。
東京大学で仏教学を専攻。
しかし、お坊さん(職業的な意味で)にはなりませんでした。
「ひろ」はフィロソフィー(哲学・・・智を愛する)と、サンスクリット(梵語)のサチア(真理)から。
お話の中で、道徳と宗教は何がどう違うか、という話題になった。
たとえ話が面白かった。
ここにまんじゅうが一つある。
二人のひとがいる。
どちらも食べたいと思っている。
どう分けるか。
真ん中から、きれいに二つに割って分ける。
平等だ。
もんくなし。
これは、道徳的、とひろ先生は言った。
もう一つ、ある。
ふたりとも食べない。
一人が、どうぞと相手にさしだす。
もうひとりも、いいえ、いいえ、あなたこそどうぞ。
ふたりとも譲り合う。
不合理なことだ。
貴重なまんじゅうが無駄になる。
でもね。
こころのなかに、あなたが食べてくれると嬉しい、という感情が
二人に起こるとしたら。
ひろ先生、慈悲というのは言うのは簡単。さて、あなたは相手にまんじゅうをさしだせますかと。