そうゆうクンのおはなし

そうゆうクンのおはなし

ちょっと「へぇ~」な仏教のお話、宜しければお付き合いください。

「今は昔・・・・」で始まる今昔物語

 

1000を超えるストーリーを展開。

 

その第15巻の一番最初にあるのが、元興寺という寺の智光、頼光という坊さんのお話。

 

ともに実在の人物でもあるらしい。

 

めちゃくちゃ、略してあらすじを追ってみると、だいたい次のようなお話。

 

仏教を学ぶ智光と頼光という人がいました。

 

智光は、まことに熱心に学問にはげみ、申し分のない学僧でした。

 

一方、寝食を共にしている頼光は、まったく学問に打ち込むこともせず

 

ヒマをもてあますがごとく、ゴロゴロしているだけでした。

 

ボッーとしてなにを考えているのか。

 

この、怠け者の頼光が死んでしまいます。

 

智光は、怠け者とはいえ、ともに暮らしてきた頼光のことが気にかかります。

 

怠け者ではあったが、あの頼光はいま、どこに生まれているのか気になってしょうがありません。

 

あのような生活をしていたのだから、その報いを受けて、いかなる世界にいっているのだろうか。

 

しばらくの間、そのことを知るべく、祈願をつづけた。

 

すると、願いかなって、夢を見た。

 

なんと、夢の中で、頼光はなんとも美しい環境に暮らしている頼光に出会った。

 

驚いた智光は「ここはどこだ」と頼光に聞いた。

 

頼光曰く。「極楽でっせ」。

 

そして、ちょっと意地悪をいいます。

 

君が知りたいというから、住んでいるところを教えてやった。

 

君のくるところではないから、早く帰んな。

 

ここはね、きみの来るところではないんだよ。

 

智光は、驚きます。

 

「君は生きている時、学問にはげまず、なまけてばかり。どうして極楽に生まれたのか」

 

頼光は、こう答えます。

 

わたしは、ゴロゴロしているように見て、本当はいつも、浄土の世界を心の中に描いていたのだよ。

 

君は、学問に熱心だったけれど、こころが浄土に向わず、よき仏縁が生まれなかったんだ。

 

これを聞いた智光、がっくり。

 

「負けた」と思った。

 

じゃ、頼光のように浄土に生まれるためには、どうしたら、と聞く。

 

頼光も、根は親切。

 

仏の前にエスコート。

 

仏つまり、阿弥陀様。こういった。

 

学問は学問。さらに大事なのは、いつも、こころを浄土に向けておくこと。

 

いいかい、ああいう世界に行きたい、ひかりに包まれて、親しき人と再会し

 

こころ穏やかに過ごしたい、と思い続けなさい。

 

智光は、100%納得した。

 

でも、自分の力では、浄土のすばらしさをくみ取りきれない。

 

と言ったら、阿弥陀仏は、それでは、といって、手のひらの中に浄土のビジョンを描いて見せた。

 

そのとたん。智光は夢から覚めた。

 

智光、間をおかず、絵師を呼び、浄土の絵を描いてもらった。

   

 

                    ★

 

元興寺に伝わる、智光曼荼羅の完成であります。

 

ただし、いったん一揆によって焼失し、作り直されたものだそうです。

 

もちろんですが、智光も極楽に到着したという事です。