[解説] 今日の記事は短いですが、これもとても示唆に富んだものです。

 

大神――この者、近藤なる者、そのように気分悪しくいたすは、関わりし者があるゆえのことじゃ。待て。代わるぞ。

 

火の神――わしじゃ。わしは神じゃ。神なるは、この者の住む屋敷におりし地の神ではないのじゃ。わし、神なるは、この者近藤なる者の住む家の中におりし神、火の神。火の神であるのじゃ。

 

この者の体に知らせし事なるは、今住みし家の中に置かれし道具と申すか、日頃使いし物に危なきところがありてのことにて、そのように知らせたのじゃ。危なき物なるは、勝手元ではないのじゃ。他の場であるのじゃ。他の場にて使いし電気なる物の通る細き長き物(電気コードと思われる)に傷みし所がありてのことにて、知らせておるのじゃ。自身にて、確かめてみるがよいのじゃ。神の怒りではないのじゃ。知らせであるのじゃ。

 

[解説] 土地の神様のお話は散々してきましたが、土地の神様とは別に家の中に火の神様がいるというのは驚きです。何だかマンガのようです。私たちの生活を、いかに数多くの神様が裏方で支えてくれているかが分かります。火の神様が守っていなければ、私たちの家はあっけなく燃えてなくなってしまうこともあるでしょう。普段から、火事などが起きないように、私たちの見えないところでいろいろと神様が守ってくれているのです。この事例では、神様としてもどうにもできないので、住人に知らせてくれたといったところでしょう。

 

私たちは、自分たちの力で生きているように思いますが、実際は、そうではないのです。身体を神様から借り、日常の様々な場面で、無数の神々がサポートしてくれてはじめて地球上での修行が成り立っているのです。

 

魂の修行と聞いたり、何回も転生している人たちをみると、気が遠くなるかもしれません。しかし人間としての修行を終えて神の世界で修行している魂が数多くいるのをみると、本気でやれば、人間としての修行を抜け出すこともできるのです。この世界の仕組みに気づいて、悟りをひらき、神の教えに沿った生き方ができるかが重要です。

 

人からどう思われるかではなく、神からどう思われるかを考えなければいけません。この実行が難しいのは誰でも同じです。私も完全には出来ていません。