当院の患者さんである遥さん(五十三歳)は、訴えによると、ここ十日くらい前より口の中が痛く、物も食べられず、流動食や栄養剤で生活しているとのこと。もちろん歯医者にも内科にも行き、大学病院にも行きましたが、原因がわからず困っておりました。私が治療をしましても効果は一日だけで、次の日からはまた痛くなるありさまです。そこで神様にお伺いすることにいたしました。
大神――この者遥なる者、苦しきは神とてわかるが、だがそのようなる苦しき思いをいたすは、自身の古き前世の折に、多くの者達を苦しめ泣かせてまいりた行いの報いであるのじゃ。そのように夜な夜な苦しむは、多くの亡者達の恨みの念が向けられておるからであるのじゃ。
この者遥なる者、そのように生き地獄の思いいたすは、致し方なきことであるのじゃ。この者生きて苦しむも、果てて苦しむも、皆自身の悪しき行いを多くいたせし報いであるのじゃ。その苦しみに耐えること、辛くなりては頼む頼むの願いいたしたとて、これは急には助かることは無理であるのじゃ。関わりを多く持ち過ぎし者であるゆえに、そのように生き地獄の思いをいたすのじゃ。歯の痛みとて、皆同じじゃ。
今この者にできる事なるは、来る日来る日を古き前世に関わる多くの亡者となりし者達に詫びて通らねば、どの道致し方とてないのじゃ。関わりある多くの亡者なる者達に、地に伏して詫びたとて、すぐには届かぬが、後なるは自身の真心の真実を伝えることより、他にはないのじゃ。
加藤――神様、遥さんに関わる亡者の方達にお詫びの行いをいたしまして、神様に亡者の方達をお救いしていただきましたなれば、少しは体の方も許されるのでございましょうか?
大神――この者、亡者に詫びたとてすぐには良くはなれぬが、だが詫びる所は詫びの行いをいたして行くうちに、いずれ体も楽になってまいる、許されるがのう。だがその道のりは遠いのじゃ。それゆえに、毎日詫びの日々でなければならぬのじゃ。
この後治療院において、詫びの行いをいたしました。もちろん行う日までは、自宅にて亡者の人々へ陰膳(亡者の人達に別の膳を供えて毎日供養する)を据えて、毎日詫びてもらっていました。やりとりの際の亡者の人達の恨みはきびしく、大変でしたが、なんとか納得してもらい解決いたしました。それが終わると不思議なことに、かたい物まで食べられるようになり、やせた身体もまた元の体重に戻りました。このように本人が反省し、本当に亡者の人の気持ちになり、心からの詫びが必要です。
私達は、権力や地位を利用して人をいじめたり、苦しめたりしてはいけません。皆同じ人間同志なのです。平等なのです。
[解説] とにかく因果応報ということです。誰しも多少の不徳を積みながら生きておりますが、行き過ぎた不徳がないように心がけたいところです。あまりに大きな災難は嫌ですからね。