父親が亡くなり、父親の弟が兄の財産を乗っ取りにかかり困っていた時のことです。先祖の助けはできていましたので父親も明るい所にいるからよく見えたのです。
神様――この者、亮太なる者、そのように口はきかず働きの場にとて、まいることもあったり、まいらぬこともあるとのことじゃの。この者そのように気分落ち込むはそれなりの関わりがあるのじゃ。関わりなるはこの者の父親なる者がこの者に頼り、自身の思うことを申したくそのようにいたさせておるのじゃ。関わりのある父親に代わるぞ。
亡者――私です。私は亮太の親です。亮太の体に頼っているので、亮太はあのようになっているのです。私は言いたいこともいっぱいあるのです。一番気になるのは私の弟のすることです。悔しいです。私のいないのをよいことに屋敷を乗っ取りにかかっているのが悔しくて悔しくて、悪いとは思いながら子供の亮太に頼ってしまっているのです。
仕事に行く気のないのは私が頼っているので気が重いからです。私の子供ですから困らせる気はないのですが、でも私も弟のことが悔しいので話したくても話すこともできないので、一人でそのことを気にして苦しんでいるのです。私の子供や妻のためにも、あの土地はどんなことがあっても残してやりたいのです。
どうかどうか弟のすることが他人に分かってもらいたいのです。どうか私達の屋敷が弟の物にならないように助けて下さい。お願いします。私には今はなんにもしてやることができないので一人で悩んでいます。
神様――よいのじゃ。そなたが気になるのは神とてよくよく分かるのじゃ。だが今は弟なる者があのように取り上げる思いでおるが、神とてそのように都合よくはいたさせぬのじゃ。このようなることは許されることではないのじゃ。必ず神がこのことにてそなたの残せし者達の味方となって、この事情はよきにいたさせるのじゃ。弟なる者そのようなる行い続けることは叶わぬことになりてまいるのじゃ。
[解説] 世の中には悪いことをする奴がいるものですが、自由にさせ放題というわけではなく、神様も適宜介入して下さっているということのようです。
そうすると、今のように悪しき行いが蔓延る(はびこる)世の中に対してなぜ介入して下さらないのかとも思います。
これは、実際には介入してくださっているので、今の程度で済んでいると考えるのが適切なのだと思います。
神が味方なるは悪しき事にはならぬのじゃ。見ておるがよいのじゃ。正しき心の持ち主が仲に立ち、弟の思い叶わぬことにいたさせ、そなたの子供、連れ合いなる者達の良き事にいたさせるゆえに、亡者となりしそなたは心安らかにいたし、後々のことなるは神に任せるがよいのじゃ。
亡者――有難うございます。どうか神様お助け下さい。私にはなにもできませんので、どうか家内や亮太の身の立つようにしてやって下さい。お助け下さい。
神様――よいのじゃ。これよりは修行に勤め、神に任せるがよいのじゃ。
亡者――有難うございます。私も心が楽になりました。亮太の体からすぐに抜けます。どうかお助け下さい。有難うございます。
神様――戻るぞ。
土地の高騰により、弟に欲が出て来たのです。
[解説] 死んだらどのような理由があってもこの世に思いを向けてはダメです。この例でも結局子供が困るだけで、父親は何の役にも立っていません。