加藤先生「大神様にお伺い申し上げます。屋敷の土地の神様の障りのことでございますが、このところ金神様のお怒りの障りが非常に多いように存じますが、その折り折りと申しましょうか、時期的に怒りを知らされるということがございますでしょうか。以前にはよく、姫金神様のお怒りがございましたし、土公神様が続けて障りをお知らせくださいますこともございます。同じ神様のお知らせを続けていただくのは何か訳があるのでございましょうか」

 

金神様「わしじゃ。わしは土地に関わる神、金神であるのじゃ。その通りじゃ。障りと申し知らせるは、昨日今日致せし事ではなく、土地により古い二十数年前の怒りを知らせることもあれば、または数日前に土地を犯した行いを知らせることとてあるのじゃ。古き以前に犯せし行いとて前々に知らせたことがあるのじゃが、だが知らされし者達が分からぬだけじゃ。それゆえに分からぬ間なるは、自身体弱くなりたと思いこみ、医師なる者に縁の切れぬ者もあれば、または様々の悩みごとにて知らせられ、わが連れ合いが悪い、わが子供が悪いと相手の不足を申して分からぬゆえに、そのまま一生を終える者とてあるのじゃ。土地の神の怒り、または知らせは、この者(加藤先生)を通すことなれば速やかに分かるが、他には神の知らせを分る者はあまりにもおらぬのじゃ。

 

人々の苦しみとなるは、これとて神が苦しめさせようとの思いではないのじゃ。だが犯せし行いの分かることを神とて願うておるのじゃ。今そなたの申す神の障りのことであるが、それぞれの者に金神の怒りが誠に多く出ることもあり、また姫金神、土公神と出始める折りにては、時期と申すか知らせることの偏るようなることは確かにあるが、それは怒りを受けし者達がそれなりに寄り集まるのじゃ。これとて全くの偶然ではなく、それなりに関わりのある神が、表に現されるのじゃ」

 

大神「今そなたの申すことじゃが、それぞれの神の知らせと申すか、障りのことにつき、そなた達は相手の者達に、世間のものの認めし暦と申せしものに書かれし神であると教えるが、相手の者に分かりが早いと思うて知らせておるが、その事を申されし相手の中には、暦に書かれし物と違うなどと申す者が出ておるとのことじゃが、その暦と申せし書物とて天地自然の法則の、ある所までくらい分かりた者達の認めし物であるのじゃ。その先の深き神々のおること、または神の怒りなど、今までは深きこととて知らせては致しておらぬのじゃ。

 

だが今、この者(加藤先生)を通してそれぞれの者達の苦しみの原因、または事情の原因に、それぞれの神々の怒りある事を知らせ、それなりの詫びの行いを致し務めることにより、怒りを受け苦しむ者達の助けといたし参りたのじゃ。書物なる物に書かれしは、神々の深き事は一切知らされてはおらぬであろう。ただ神の名が書かれておるくらいであろう。だが今申せしように、書物なる物を認めし者には、深き深きことは分からぬのじゃ。知らせてはおらぬのじゃ。方位によりその神々の存在を知らせておるだけのことじゃ。

 

神々の申せし知らせを受けし者達(相談者)は、自身の致せし事、または先祖なる者の行いし事の障りとて同じ事であるのじゃが、どの事と言えどもその場その場の関わりある神々に詫びの行いに入ることにより、神々は即座に許す情けある神々であるのじゃ。だがこの詫びの行いとて、心より信じ行うことにより許されるのじゃ。半信半疑の思いにては、神々に届かぬのじゃ」