朝早く治療院のチャイムが鳴る。こんなに早く何事かとドアを開ける。見知らぬ人です。紹介されて来たと言います。私が治療前に相談の仕事をしているのを知ってのことらしく、よほど切羽詰まって来たのでしょう。
入ってもらって話を聞くことにしました。妻が病弱で何人かの霊能者や祈鷹師のところを巡ったと言います。最後のところで妻の命はあと数ヵ月だと宣告され、それを救うには百五十万円の祈祷料が必要と言われたそうです。もし他言すれば命の保証はないと言われたとも言います。すでにあちこちのところで高額な金を払い残金はあまりないらしい。
悩み、困っている人を助けるのになぜ高額の金を要求するのか、と腹が立ってきます。また頼る方にももう少し知識があったらこんなに迷わなかったのにと思います。
しかし、どんな事でも人の事と思わず、飛び込んで手助けするのが神様の望みであります。他人の事と思うから見過ごしてしまいます。我が身の事と思えば放ってはおけません。厄介だから、難しいから、得にならないから、と思って避けて通るは誠の者ではありません。どんな難しい事でも神様の心に適うなら、多くの人に喜んでいただけるなら、と進んでやらしていただく心こそ神様は望まれています。
先日、加藤先生と電話で話している時「もう疲れるから相談事はなるべく断るようにしようと思う」と話していたら、突然大神・親神様に代わられ、「神はその思いは好かぬ。神は大勢の悩む人々を助けたくてこの者(加藤先生)に多く入り込んでおるのだ。そなた(宮下)も相談に来る者を断ってはだめじゃ」と申されました。自分の都合に合わせて楽な道を通ろうとしていたわけで、「本当に申し訳ありませんでした」と深く反省をしました。
大神・親神様とは
加藤先生を霊能者のように思っている方もありますが、加藤先生は霊能者ではありません。占い師や運勢鑑定者や霊能者のような次元ではなく、ずっとずっと高い神の代理人、つまり神様にお身体を使っていただいて神様の意思を子供である人間に伝えていく役目を仰せつかった方なのです。
そのために人間が幸せになる道順、方法を説くにあたり疑い深い人間は素直にそれを信じないからいろいろの奇跡や助けを見せて納得させているのです。ここで言う神とは大神・親神様のことです。私達が一口に「神」と申しますが「神」にもいろいろの神がおります。天地のあらゆる物を造った元の神であり、この世界一切を司る神である大神・親神様から天照大神、不動明王、観音菩薩、八幡宮、稲荷の神、地の神、水神、釈尊、イエス・キリストとさまざまです。なかには神とは申せ悪神もおります。神様方の説明はまた別の機会にいたしまして、大神・親神様についてふれてみます。
大神・親神の守護
大神・親神様というのも便宜上のお名前です。宇宙の絶対神であり最高神であるお方というか、大なるパワーというかエネルギー体というか、すべての生きとし生ける物を司り、死後の世界もすべてを包んでいる形のない偉大なものを大神・親神という呼び名で表わさせてもらっているのです。
大神・親神様にお伺いいたしましても姿形はないと申されます。
このように目に見えない大きな力がその意思を伝えるために加藤先生をお使い下さっているということです。だから既存の宗教を批判するとか霊能者や占い師をどうこう言うということではありません。大きな力によって生かされている人間も、動物も、植物も、すべての物が幸せに良くなっていってくれるのをこの大きな力の方(大神・親神様)は願っているのです。
だから新しい宗教を押しつけるとか既存の宗教が駄目だとか申しているのではありません。素直に読んでいただきそのような事があるのか、それならば自分はこう判断し、こう生きようと各人が悟って下さればそれでよいのです。
よく神様が「人間に罰を与えるなんておかしい。神様は人間を守るためにあるのだ」と言う人がおります。このような方は自分の都合に合わせて神様を認めているのです。
先ほども申し上げました通り神様にもいろいろあります。大神・親神様は人間は皆可愛い我が子ですからなるべく叱りません。しかしその子があまり悪をしたり間違った方向に進んでいる時には、いろいろの病気や事情を起こして注意をし反省を促します。長い目で見ると、そのような罰が時には子供のためになり正しい事なのです。
しかし人間は「その場限りの判断で神が罰を与えるのはおかしいのではないか」と申します。また近くの氏神様について考えてみましょう。困る時には氏神様に毎日、日参していろいろお願い事をしました。氏神様が一生懸命働いて下さってその人はそれが解決いたしました。よくなってしまうと氏神様の存在を忘れ神様の働きが目に見えないからといってお礼参りをするどころか、時には神様の悪口なども言ったといたします。
あまりの人間の勝手さに、氏神様が怒ったといたします。これでも神様は人間を守るのが当り前だと申せるでしょうか。神様に腹を立てる前に自分を反省する必要があるのではないでしょうか。
このような人に限って自分はいつも正しいんだ、何も悪い事をしていないんだと自分勝手な自己採点をしています。人間というものは、自分の事は自分には見えないものなのです。だから大神・親神様はよほど心していても、心には常に汚れや垢は付きやすいものだから常に心を奇麗に掃除しなさいと、教えて下さっているのです。