よく聞く言葉の様に思います。
陳腐にさえ聞こえる(のは私だけでしょうか)この言葉を、
義父に使ってしまった事がありました。
この9か月余り、私と夫は頻繁に帰国をしていました。
特にお医者さまから重大な診断が下される時は、
必ず夫が帰国する様にしていました。
看護するお義母さんに、重い診断を一人で
聞かせられないという想いもあった様です。
そんな時
『〇〇(夫)にもユキさんにも、迷惑を掛けてすまない。』
というメールが義父から来ました。
私の返信は
『〇〇(夫)さんは、お義父さん病気を、
お義父さん一人ではなく、
家族の問題として考えている様ですよ。
ですから、お義父さんもご自分一人の命と思わずに、
重大な決断が必要な時は〇〇(夫)も
話し合いの輪の中に入れてあげて貰えませんか?』
というものでした。
『ありがとう。』と
義父は喜んでいる様子でしたけれど、、、。
なんだかとても綺麗すぎるやり取りですよね。
(言い方がヒネくれていて申し訳ないです。)
「貴方一人の命ではない」
これ、間違ってはいないと思います。
でも、、、、。
毎日死にたいくらい痛い思いをするのは、
お義父さんただ一人だったのですよね。
「もう楽になりたい」
治療の後半には、その様な言葉も
度々出ていました。
その度に夫はお義父さんに、
「そんな事言わずに頑張ってくれ」
とお願いしていました。
お義父さん一人の命ではない。
↓
でも苦しむのはお義父さん、一人。
↓
お義父さんの命でもあるのに、
本人に死に際を決めさせてあげていない。
↓
でもこのまま治療を終わらせてしまって、
本当に家族は後悔しないのかな?
と、ここまで考えて、また振出しに戻る。
という繰り返しでした。
「エゴだと思っているよ。」と、
夫も言っていました。
「生きてほしい」と思うエゴ。
お義父さんはギリギリまでこのエゴを、
受け入れてくれていたと思います。
「もう治療する手段がありません。」
1月半ばにお医者さまからそう告げられた時、
やっと家族全員が、
「もう痛みから解放してあげよう」
という気持ちになれました。
次で最後だと思います。
最後を過ごした緩和病棟について、
書きたいと思います。

最後まで読んでくださって
ありがとうございます。
今日も素敵な一日でありますように


