約4年ぶりの更新となってしまったが、備忘録を兼ねているので、細く長く続けたていきたいと思っている。
九州から東京を経て昨年の春から北海道勤務となり、40年近く前に青函連絡船に乗って初めて降り立った港街で、道民デビューを果たした。
若い頃は、船乗り人生を終えたら、知床あたりで、旅人の宿を開きたいなと、漠然と考えていた憧れの大地だったが、住人目線で眺める日々は、通り過ぎるだけの旅人目線とは異なり、その過酷さに戸惑う事も多く、終の地とするには、少し手に余ると感じている。
北海道では、カモメのことをごめと呼ぶ。
カモメといってもそのほとんどがウミネコなのだが、とにかく数が多い。

これまでも海に近い場所に勤務していたので、カモメを目にする機会はあったものの、飛翔する姿に哀愁を感じる程度の数と頻度だったのが、こちらでは、広島の平和公園にいるハトくらいシンボリックに存在する。
エサとなる魚が多いことが理由の1つと思われるが、近頃は過密気味のようで、市街地のごみ箱をあさってる姿を目にすることもあるし、家のベランダに干していた魚を攫われた事もあり、その鳴き声は次第に耳に馴染む音色ではなくなっていった。

北海道では動物との距離が近い。
気付かない内にパーソナルスペース内に入って来ていて驚く事もあった。

それは動物にとっても同じで、知らない内に彼らの領域に足を踏み入れて、不幸な事故が起こることもある。
これまで鑑賞する存在だった彼らは、ここでは共存する関係となり、時に衝突してお互いに傷を負ってしまう。
『ごめが鳴くから、ニシンが来るとぉ、赤い筒袖のやん衆がさわぐ〜♪』
(石狩挽歌の歌詞より)
色々なことのバランスが保たれていた時代、ごめの鳴き声は、富をもたらす福音であったのだろう。
潮騒と共に聞くごめの鳴き声は、哀愁を帯びながらも、生への躍動も感じたが、クラクションに追われて発するその鳴き声は、変化に抗う悲鳴のようにも聞こえる。
変化なのか進化なのか、ごめの鳴き声が示す現在は、物理的に長くなった寿命を、質的に豊かにするためのパズルの1ピースなのかもしれない。