「小隊長・・・」
「・・・・・・・どうした?二尉」
「我々小隊は・・どこに向っているのでしょうか・・」
「・・・・・・・何処なのか・・な・・・」
「胸が・・苦しいです・・・・」
ピロリロリ~外は寒いぜコタツが最高!爆睡カウント3・2・1!Zzzzzzーっと第2小隊でございます。
ここ最近日曜もずっと会社におります。もちろん夜もバイトです。こんな仕事漬けの毎日を表現するならば、「人生の終焉はすぐそこよ♪」とお迎えが来ちゃった蒼天号です。今回はちょっと真面目に人生についてのお話。
「長官グングニル②」ドウゾ!
チョウカン【長官】:名詞→①総理府や最高裁などのほか、丁のつく官庁の長。
⇒環境庁~ ②蒼天号が崇拝する放浪先輩達の呼称。
ここでは後者の意。
グングニル【Gungnir】:北欧神話に登場する伝説の武器で、主神オーディンの
持つとされる銀槍。この槍を投じると何者もかわすことがで
きず、敵を貫いた後は持ち手のもとに戻るという。
グングニルとは『貫く』の意、または剣戟の擬音とも。
「夢ってなんですか?」
聞かれたらなんて答えるでしょう?というかハッキリと答えられる人は何人いるのでしょう?
「してみたい事って何?」
何なのでしょう?これまでの人生、親を見習ってか真似てなのか当たり前に家庭を持って、当然の如く働いて土地を買って家を建てて・・・子供のため家庭のために働いて・・・家のローンを返済するために働いて・・・ローンは30年。返済が完了するのは60歳前です(泣)
自分は何をしてるんだろう?このままずーっと働いて働いて、自分の事を全て犠牲にして欲しいものも我慢、体調悪くても仕事があるから我慢、我慢・・働いて行くだけの毎日なんておかしいじゃないか?これが自分の求めていた人生なのか・・?最近ずっと疑問に思うようになりました。
そう思うようになったのも世界の魅力にとりつかれてからです。世界の魅力、というよりは世界放浪へ旅立った人達【長官】の影響をうけて、と表現したほうが良いのでしょう。誰かを真似た生き方がしたいワケではありません。旅に出た人達が共通して持つ、ある種の考え、というか生き方に共感したんです。まるで心の奥底に眠っていた部分を槍か何かで貫かれるようなショックを受けたんです。
一度しかない人生、世界のあらゆる物をこの目で見たい感じたい・・・何故、旅なのか?と聞かれても不思議と何も答えられない。でも、「旅」が詰める物がなくなった空箱をあけるキーとなり、その空箱に「旅」の思い出を詰め込むことが人生の目的になってしまったんです。
ロクに仕事もしないで、世間から逃げるように世界へ放浪の旅?なんて思う人も少なからずいるでしょう。
でも諦めきれないんです。
日々、その思いが大きくなるばかりなんです。
そう思ったらいけませんか?いけないことですか?
家庭を持ち、家のローンなんか抱えてる人間の言う台詞ではない・・
妻と育ち盛りの子供達はどうしたらいいのか・・家庭を見捨てて旅に出るのか、家族を無理やり連れてくのか、最悪離婚になってしまうのか・・未来を考えるほど疲れてしまいます。
それでも諦めきれないんです・・・
今までは線路の上にいたんです、ごく普通に何も刺激もなく幕が閉じる人生の。でもようやくハッキリと分岐路が見えたような気がするんです。でもその分岐路は、あと少しで通り過ぎてしまいそうな気がして・・・その分岐路で今の線路から抜け出せないと全てが終わってしまうかもしれない・・もう二度と分岐路は来ないのかもしれないって。
分岐路の先は「白」。それも暖かい、オレンジの混じった色に近い、太陽光のような「白」のイメージがします。それに乗れず今いる線路を進むと、真っ暗な、闇のイメージしかわいてこないんです。立ち止まる駅のようなものも全く見当たらないんです・・
それは年齢を気にしているからだと思うんです。自分でそう思っていなくても頭の片隅で年齢を気にしているのでしょう、分岐路がすぐそこに迫っているように感じるし、今の線路が真っ暗になるんだと思います。
冒険ができる歳はあとわずかなんだよ、と。残されたチャンスはあと一回が限界なんだよ、と。
こんな言い草は「そう自分で決め付けて殻に閉じこもっているだけ」と、生涯ずっと旅をしている人達にしてみればお笑い草なんでしょうか。無論、自分も一度でも旅に出たのなら、そう言えるのかもしれません。でもリアルが身近にある今はそう思うことしか出来ないんです・・
長官達に10年早く出会えていたらと考えると、もっともっと分岐路も存在し、既に世界へ旅立っていたかもしれません。そう思う反面、今まで何をしてたんだろう、どうしてもっと早くに自分のしたい事が見つからなかったんだろうって後悔の念ばかりが込み上げてきます。
でも、後悔の代価か、ようやくキーを探しあてたんです。
だから、少しでもいいから前進しようと心に決めました・・
途中で立ち止まっても、後退してしまっても、心には常に「旅」を留めて日常を過ごそうと。
