先日、ドン・キホーテでかわいいTシャツを買いました
これを聞くと、え、ドンキーでTシャツ買うの?
と思われるかもしれないですが…
でも、ファッションって逆に考えたらオシャレみたいなとこあるじゃないですか
この「逆に」とか「あえて」って考えるのがファッションにおいて凄く大事なんですよ
皆同じだったら皆一緒ですから
おんなじこと二回言ったの気付きました?
そういうことなんですよ
オシャレがよく分からない人は僕のこれから言う一言、もうこれだけ意識して頂ければ分かるようになるじゃないかな
オシャレとは…
「常識というラインから少しつま先を出すこと」
イマイチ分からないという方もいると思うんで、というか僕もよく分かんないんで具体的にどういうことかというと
こういうことです
一見、陽気な観光客かと見間違うかもしれません。
でも、それが狙いみたいなとこもあります。
トウキョーで浮かれるならまだ分かる。
でもヨコハマって!
どんだけ娯楽のないとこで育ったの?
という決してヨコハマの人を馬鹿にしている訳じゃありませんが、そういう可笑しみを内包しているのです。
この「可笑しみ」が現代では「かわいい」につながる節があります。
そして、ミリタリーとか好きな人は分かるかと思いますが…
ミリタリーが好きな人ってその物自体よりも、その物がもつバックグラウンドに惹かれてるんですよ
このTシャツに置き換えると…
これは前にもどこかで書いたか、発言しているかと思うのですが
僕の祖父はスーパーで安く買ったジュースやお茶などのペットボトルの蓋に、どれだけ安く買ったかを後で比較するために記録を取るという習性があります。
要するに70円で買ったジュースの蓋には必ず70と書かれているのです。
だから、小さい頃から祖父の家でジュースを飲む度に
こんな老後は送りたくないなと思っていました。
また、その遺伝子は母にまで色濃く影響しています。
母はよくスーパーで安く買った、味のはっきりしないスナック菓子を僕に食べさせては…
「これいくらだったでしょーかっ?」
と、解答者よりも問題を出す側の方がテンションが高いというタイプのクイズを出してくるのです。
僕は、この代々続いてきたスケールの小さいDNAに対する恐怖を幼い頃から抱いていて
だからこそ
祖父と母の大好きなドンキーで買ったTシャツを着ることで、スケールの小さいDNAを忘れるな、油断するなというメメント・モリに近い思想が込められてます。
こうしたバッググラウンドとトレンドを意識したことにより裏打ちされた自信は
見る者全てを魅了してしまうのです。
あの人分かってんじゃん
となるのです。
だから母に
「それ家着?」
と小馬鹿にされましたが
「いや、勝負服」
と自信満々に答えました。
すると何も言ってこなくなったので
「いくらだったでしょーかっ?」
と尋ねてみたら
「1000円!」
「…どこで買ったとおも…」
「ドンキー!」
と値段とドンキーを完璧に当てられましたけど
自信…
持ってもいいですよねぇ?
&
パーマかけました!
美容師さんには
大泉洋さんや
ムロツヨシさん、
藤子不二雄作品によく出てくる
ラーメン大好き小池さんを意識して切ってくださいと言いましたー
嘘ですぅー
米津玄師さんにしてくださいと言いました
逆方向に行きました。