その場に居合わせていたのに物事の結末を自分だけ見れないって事が多々あって、その度に凄く残念だなって思うのですが、知らなくて正解だったって思うこともあるんですね。
こないだ、学校帰りに友人のY君と待ち合わせをして服を買いにいきました。
僕は欲しい物が見つかって買えたのですが、Y君のはなかなか見つからず、僕らは何軒か回ってからその店に辿り着きました。
Y君の欲しい物は細身のネイビーのスラックスで裾の丈が普通のが欲しかったみたいなのですが、どの店もくるぶしのとこまでのアンクルカットしかありませんでした。
彼がどうしてアンクルカットは穿けないのかと言うと、彼は成長期真っ只中の中学時代、ズボンの裾がいつもツンツルてんで「九分丈」というアダ名で呼ばれていたそうです。
そんな切ないエピソードを聞かされた僕はどうしても探してあげたいと思い、最後にその店だけ見ようと言って、僕らはその店に入りました。
店内には僕らより二三個上くらいのイケイケな感じのお兄さんと、店長っぽい40代くらいのコワモテなオジサンの二人の店員さんと僕らだけでした。
店に入り暫くすると、直ぐにイケイケ店員が僕らの方にやってきました。
そしてこのイケイケ店員こそが今回の話の主軸、凄い店員だったのです。
Y君がスラックスが欲しいと言うと、イケイケはハンガーにがかかっているスラックスの説明を始めました。
Y君「これ…裾の丈はどんな感じですか?」
イケイケ「あー、これはアンクルカットです」
Y君「やっぱりなー、でも、アンクルカットじゃないやつが欲しいんですよねー」
イケイケ「そーっすよねー、僕もアンクルカットじゃないやつが欲しいんですよ…」
この「客に同調する」というテクニック、よくアパレル店員さんなんかに多く見られるかと思います。でも、このイケイケ店員の凄さはこの後にありました…。
イケイケ「実は結構前からシンプルな丈のスラックスがくるって言われてるんすけど全く来ないんですよね」
Y君「…そうなんですかー」
イケイケ「くるくる詐欺っすよ…くそっっ!!」
と言ってイケイケはスラックスのアンクルカットの裾を物凄い勢いで引っ張りました。
僕らは一瞬なにが起きたか分からず固まったのですが、再び脳内でそのキレのあるモーションが再生されると爆笑しました。
イケイケも手応えを感じていて思いがけない作品が生まれてしまったという顔をしていました。
今まで客に同調する店員さんは沢山見てきました。
しかし、客の心に同調し、その先の行動に移す店員がいたでしょうか?
ましてや商品の裾を思いきり引っ張る店員がかつていたでしょうか?
僕は人としてこの人には敵わないなって心から思いました。
すると、丈に対して並々ならぬ過去を持つY君が次のスラックスを指差しました。
それは明らかに七分丈でした。
そして、Y君が「これはー?」と合図をすると、先程のイケイケがその七分丈の裾を持ち上げました。
イケイケ「七分丈っすね…くそっっ!」
と言って再び裾を思いきり引っ張りました。
笑う僕ら。
そして、またY君がスラックスを指差すとイケイケは「くそっっ!」
と言って引っ張りました。
このY君が合図を送るとイケイケが
「くそっっ!」と言って裾を引っ張るというくだりは数回続きました。
僕はただ二人の天才から産み出される芸術を見て笑うだけのオーディエンス、凡人でした。
彼らは何枚ものスラックスを引っ張りました。
しかし、このシュールな光景にも直ぐに終わりがやってきました。
Y君「このスラックスはどうですか?」
イケイケ「アンクルカット…くそっっ!」
今度のはキレが凄いなと思いました。
案の上、僕達の笑い声も引き裂くような「ビリッ」という痛ましい音がしました。
イケイケの顔が一瞬で真っ青になりました。
すると、本来一番ダメなY君もなんかドン引きしていて、そんな僕らの様子を店長っぽい人がめっちゃ見ていました。
というか、おそらく僕らのやり取りを一部始終見ていたと思います。
Y君「…えーっと、じゃあまた今度そのスラックスが入ってきてから来ますね」と急に距離を置く。
イケイケは「え?マジ?帰っちゃうの?」という顔をしていましたが、自分の立場と僕らの立場を再認識し
たのでしょう。
イケイケ「そうですね…またいらしてください。」
と初期の距離感に戻ってました。
僕らはこのアゲインストな状態の店員を置き去りにする形で、店を後にしました。
帰り道、Y君はあの店員よくよく考えるとヤバイ奴だよねとだけ口にすると次の話題を振ってきました。
僕はY君の話を上の空で聞き流しながら、あの後の店員の結末を考えると恐ろしく感じました。
きっと世の中には…
結末を知りたくない物語も…
あるんですね。
写真はRのコージくんとたっくん♪