南場から全てを聞いた数週間後。

 

やっとまとまった休みが取れたサトルは梅雨明け間近の新潟にやってきた。

 

今は土曜日の14時過ぎ。月曜日には出社しなければならないので、

 

日曜の最終の新幹線で東京に戻らなくてはならない。

 

最終の新幹線は新潟21時34分発。

 

サトルに与えられた時間は21時間半であった。

 

そして、サトルは心に決めていた。

 

この1日半でマキを見つけられなければ、彼女のことは諦める。

 

彼女と僕の間に運命があれば、この短い時間でも彼女は見つかるはずだ。

 

自信の根拠なんて全くもって無い。それでも、サトルは信じていた。

 

 

 

サトルはまず、南場が紹介してくれた知り合いがやっているというライブハウスを訪れた。

 

扉を開ける。カウンターの所にオールバックでひげを蓄えた男性が立っていた。

 

「こんにちは。東京から来た橋口サトルと申します。」

 

「君がサトル君か。この店のオーナーの田中だ、よろしく頼む。」

 

サトルと田中は握手を交わした。

 

「早速だが、マキさんの件について現在あるだけの情報を伝えておこう。

 

最初に目撃されたのがゴールデンウィークの後半。

 

次が6月の中旬だった。

 

場所は萬代橋のたもと。週末の夕方、30分ぐらい歌っていたらしい。

 

遠路はるばる来てくれたのに申し訳ないが、

 

彼女に会える可能性ははっきり言ってかなり低いということは覚悟してくれ。」

 

田中で厳しい顔でサトルに告げた。

 

「わかりました。でも、可能性がゼロではない限りやれることはやってみるつもりです。」

 

サトルは力強く答えた。

 

田中は新潟の中心部でよく路上ライブが行われている場所が書きこまれた地図と、

 

マキが立ち寄りそうなライブハウスの一覧の表をサトルに渡した。

 

サトルは田中に礼を言うと店を出た。

 

 

 

サトルはその足でホテルにチェックインして荷物を整理すると、

 

とりあえず一覧表に載っているライブハウスを手当たり次第に回ってみた。

 

しかし、どこに行っても色よい返事は返ってこなかった。

 

夕方になり、今度は街に出て路上ライブのがよく行われているという場所を回った。

 

しかし、どこにも彼女の姿は無くこの日の探索は完全に空振りだった。

 

ここまま夕食だけとってホテルに戻る選択肢もあった。

 

しかし、サトルは音楽に触れたくなって、田中のライブハウスに足を運んだ。

 

色々な歌手が歌っている姿を見て、サトルはマキへの想いを強くした。

 

もう一度、マキが歌っている姿を見たい、歌声を聴きたい。

 

そう、強く想った。

 

 

 

翌日も、新潟の街をマキを姿を求めて歩き回った。

 

しかし、歩けども歩けども彼女の姿はどこにも見当たらなかった。

 

サトルは弱気になりそうな自分の心を奮い立たせ、探し回った。

 

だが、やはりマキの姿はどこにもない。

 

サトルもさすがに疲れてしまった。喫茶店に入って一休みすることにした。

 

アイスティーを頼んで一口飲む。ふーっと息を吐く。

 

作戦を練り直すべく地図を見直そうと出したその刹那、携帯電話が鳴った。

 

新潟の市外局番からだった。

 

「もしもし、田中です。サトル君!マキちゃん歌っているって情報がありましたよ!」

 

「えっ!本当ですか!」

 

サトルは立ち上がり思わず大きな声を出してしまった。周囲の視線が集まる。

 

我に返って、座って声のトーンを落とした。

 

「今、地図を開いているので教えていただけますか。」

 

サトルはアイスティーを一気に飲み干すと喫茶店を飛び出し、

 

田中に教えてもらった場所をめがけて一直線に走った。

 

「ここら辺のはずだなぁ・・・」

 

サトルが周りを見回したその時!

 

聴きなれたギターのメロディーと歌声がサトルの耳に飛び込んできた。

 

街の雑踏の中でも、確かに聴こえるその音のほうへサトルは吸い寄せられた。

 

 

 

マキが、いた。

 

マキも、サトルを認識した。

 

サトルの姿に動揺してしまったのか、マキは思いっきり音をはずしてしまった。

 

彼女が歌い終わる。一人、二人とその場を離れていく。

 

最後にはサトルとマキが残った。

 

「マキさん、お久しぶりです。」

 

サトルは努めて冷静に言った。

 

「サトルさん。来ちゃったんですね・・・

 

ここじゃない場所でお話をしたいのですが、ついてきていただけますか?」

 

サトルは小さくうなづき、二人は海のほうへ歩き始めた。

 

言葉も無く、二人の間には妙な緊張感が漂っていた。

 

 

 

「うわぁ・・・きれいな夕陽ですね。」

 

サトルは思わず息を呑んだ。

 

「ここは高校時代、友人と打ち明け話をした思い出の場所で、

 

夕陽がとってもきれいで心が洗われて、素直に話ができる場所です。」

 

マキが連れてきたのは、夕陽の見える海岸だった。

 

二人はベンチに腰を下ろす。

 

しばらく、沈黙が続く・・・

 

マキが口を開いた。

 

「ごめんなさい。急にいなくなってしまって。」

 

「いや、気にしないでください。学生時代、心理学を教えてもらった先生が言ってました。

 

よく逃げちゃダメだ、なんて言うけれどいざという時のために逃げるという選択肢を

 

残すべきだ、って言ってました。

 

南場さんから色々と聞きました。マキさんの過去も、ヤストさんのことも・・・」

 

「聞いちゃったんですね。隠しすつもりはなかったんですけど、話すタイミングも無くて・・・

 

本当に怖かったんです、サトルさんが私を好きになってしまったことに気づいたときに。

 

ヤストの時の記憶が蘇ってしまって・・・

 

実はその頃にお母さんが倒れたって聞いたので慌てて新潟へ帰ったら、

 

それは私を呼び戻すための方便だったんです。

 

でも、何故か戻る気持ちになれなくて・・・そのままこっちに帰ってきてしまいました。

 

いくら謝っても許してくれないかもしれないけど、とにかくごめんなさい・・・」

 

マキは涙ながらにサトルに謝罪した。

 

「マキさん、安心してください。僕は、こうして元気です。」

 

「だけど・・・やっぱり怖いです。サトルさんまで失ってしまうことが。」

 

「マキさん、聞いてくれますか。

 

確かにマキさんは私から逃げ出したのかもしれないです。

 

でも、そんなことはどうでもいいんです。

 

マキさんは音楽からは逃げなかった、いや、逃げられなかったのかもしれません。

 

もし普通にマキさんが新潟に帰ってきただけなら僕は追いかけていません。

 

だけど、まだ路上で歌い続けていたことを聞いてうれしくなりました。

 

小さくはなったのかもしれませんが、まだ井本マキの心の中の音楽への情熱の炎は

 

完全に消えたわけではなかった。

 

完全に消えちゃったらその時点で全て終わりですが、

 

小さくてもまだ燃えているのなら、またその炎を大きくすることはできると思うのです。

 

そして、もうひとつ伝えなきゃいけないことがあるんです。

 

僕、就職したんです。マキさんが夢をかなえるための手助けを

 

少しでもできればいいな、と思うようになって。

 

じゃあ、それなら仕事見つけないといけないな、なんて思ったときに先輩が紹介してくれて。

 

無事に入社が決まって、そのことをいの一番にマキさんに伝えたくて

 

マキさんが路上ライブやる場所に喜び勇んで行ったら、マキさんいなかったんです。

 

昔の僕ならそこで怒り狂ってそこで終わりだったんですけど、

 

マキさんがいたからそこで抑えられて、今この瞬間があるんです。

 

僕が成長できたのは、間違いなくマキさんのおかげです。

 

マキさん。ハミングバードに出てくる鳥のように狭い鳥かごから出て

 

また空を羽ばたいてくれませんか?

 

私がマキさんというハミングバードがいつだって羽を休めることができる鳥かごに、

 

自由に羽ばたける空になりますから!

 

また、歌を歌ってくれませんか?マキさんの夢を支えさせてくれませんか?

 

 

 

マキは少し考えて口を開いた。

 

「お願いが一つあります。音無響子さんじゃないですけど、

 

一日だけでもいいです。私より、長生きしてくれませんか?」

 

「はい、もちろんです。

 

死が二人を分かつまで、愛し続けると誓います。」

 

「私からもお願いがあります。ハミングバードを、歌ってくれませんか?」

 

マキは小さくうなづくと、ギターを取り出して肩にかけた。

 

サトルはストラップに結ばれたリボンに気づいた。

 

「マキさん、そのリボン・・・」

 

「そう、ポニーテールだった頃に結んでいたリボン。ヤストが誕生日プレゼントにくれたの。

 

お金が無いなりに彼が一生懸命考えてくれた、素敵なプレゼント。

 

でもね、今日でお別れ。進まなきゃ、未来へ。」

 

そう言うと、リボンを解いて右手に持って腕を高く伸ばした。

 

腕が伸びきったところで握っていた右手を離す。

 

リボンはひらひらと潮風に舞い、飛んでいった。

 

呼吸を整えると、マキは静かに歌い始めた。

 

 

 

狭い鳥籠 守られた翼

 

愛という名の餌を探して

 

過去を貪った

 

傷つくことを恐れることで

 

イタズラにまた

 

傷ついてほら 臆病を重ねた

 

 

「何もかも失った」

 

そう嘆いた時でさえ

 

未来は残されていた

 

何もかもを超えてゆくために

 

 

さあ行こう

 

新しい風を味方につけて

 

持て余していた翼

 

思うがまま広げたら

 

僕が居た悲しみのあの場所は

 

見下ろした世界中の景色の

 

点でしかなかった

 

 

 

普段歌っているよりもゆっくりと、少ない音で歌った。

 

まるで、歌詞をかみ締めるように・・・

 

 

 

旅の途中で出会った曇は

 

急いだりせず

 

時の流れにただ身を任せて

 

 

何もかも忘れて

 

今を感じてみなさいと

 

翼ばたつかせた僕に

 

語りかけるように

 

 

此処じゃない何処かへと

 

生き急ぐ僕たちは

 

未来に気をとられ

 

今を逃してしまうけど

 

今以上の未来へと

 

向かうためにはきっと

 

今を踏みしめることが

 

最大のヒント

 

 

 

2番を歌い終わったところでマキは再び泣き出してしまった。

 

サトルはマキの肩に手を乗せてやさしく微笑みかける。

 

マキは涙を拭いて、また歌い始めた。

 

 

 

僕は僕のまま

 

君は君のままに

 

心の五線譜に並べた

 

メロディーラインと共に

 

 

さあ行こう

 

新しい風を味方につけて

 

持て余していた翼

 

思うがまま広げたら

 

君が知る悲しみのその教えは

 

いつしか

 

世界中の誰かの心を救う

 

だからここで待ってるよ

 

君と歌える日を

 

 

 

最後の一音が終わる・・・歌が日本海の夕陽に溶けていった。

 

マキがサトルを見ると、サトルが泣いていた。

 

「サトルさん、笑ってください。

 

私はサトルさんに笑顔になってほしくて、歌を歌ったんですから。」

 

 

 

「はい、それはこっちにお願いします。」

 

晩秋の東京。サトルは仕事の休みを利用してマキとの新居への引越しをしていた。

 

『音楽ができて、二人で暮らせて、ブルー・ディスティニーに便利に通える部屋』

 

この条件を満たす部屋探しは難航したものの、奇跡的に一部屋見つかった。

 

マキはブルー・ディスティニーでホールスタッフ兼専属歌手として、働くことになった。

 

新潟から荷物をまとめて、明日再び上京することになっていた。

 

 

 

サトルもマキも、不安が無いわけではなかった。

 

サトルは自分の性格のせいでマキを傷つけてしまわないか、悲しませたりしないか、

 

そして初めて実家を出ていきなり二人暮らしをすること、

 

あれだけの大見得を切ったはいいがやりきれるのか。不安であった。

 

マキは、まだヤストの一件の心の傷が癒えておらず、今後も苦しむことになるであろうこと、

 

また人生から逃げ出してしまわないか、不安であった。

 

それでも二人は前を向いた。そうすることしかできないし、

 

そうすることによって拓ける運命もあると思ったからである。

 

 

 

そして、二人は同じことを思っていた。

 

「もし二人の未来が悲しい結末になったとしても後悔せず、

 

そして、諦めずに挑み続けよう」ということを・・・

 

 

 

 

「ハミングバードに逢いたくて・・・」

 

原案

 

橋本サキ「ハミングバード」

作詞・作曲・歌・ギター 橋本サキ

 

シナリオ

 

みゆきそうせつ

 

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最後に読んでいただいた皆様、

 

ハミングバードの歌詞を教えていただいた上に、

 

作中への掲載を許可いただいた橋本サキさんに感謝いたします。

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

2017年12月27日

 

みゆきそうせつ