草石のガチンコネット小説 -5ページ目

終わる世界 第10話

あはははははははは!!
大きな声が大浴場に響き渡っている。
僕たち以外ほとんど人はいないんだろうが、それはもう恥ずかしかった。
「俺がどうやってあれを治したのか知りたいんだろう?
ええ?知りたいんだろう?」
それはもう、全然この人は体を洗ったりしていない。
僕は変わらず体を洗いながら答える。
「そんなに興味ないです」
「そーだろ!でもな、内緒っ!企業秘密なんだなー
坊主が大学生になったら教えてやろうかなー」
全然聞いてない。
「僕、大学生です」
「ええ??てっきり高校生かと思ったよ!
ごめんなー、ほら俺なんて老けすぎで困ってんだから、
若く見られるってのは良いことだな!うん、そうだな!」
めんどくさい感じの人に捕まってしまったな。
「いくつなんですか?」
「え!?俺?24!」
…!!
老けすぎだろ。30手前くらいかと思った。
なんかもう到達しちゃってる感じするもんな。
そして体を流し終わったので、露天風呂に移動する。
「あ、おい、ちょっと待てよ!」
なんて声が聞こえたけど、
「それじゃ」
と出来るだけ笑顔を作って去った。
どーも苦手だ。
なんかあの人苦手だ。
多分先祖間に何かあって僕の遺伝子があの人を拒んでいるようだ。
むむむ…
多分露天にもついてくるんだろうな。
早めに上がろう。
案の定彼は来た。
「あのさー、一期一会って言葉知っているかなー?
一期一会。フォレストガンプとかの、
最近の子は知らないかな。まぁいいや。
長たらしく説教するつもりはないからさ。
一つ質問に答えてくれればいいよ」
「何ですか?」
僕は不機嫌そうに言った。
「君の一番大事なものってなんだい?」
僕は少しだけ考えていった。
「特にありません」

終わる世界 第9話

ということで、銭湯にやってきた。
もちろん入り口で田中さんとは一度別れる。
田中さんは随分機嫌がよさそうに見えた。
この町の銭湯、先月ここから徒歩十五分ほどにある銭湯が
廃業してしまったので遂に終にこの銭湯がこのの町最後になってしまった。
変わり行く時代の寂しいところである。
と、言っても僕はこの町の銭湯はここしか行ったことはないが。
(もともと川村さんにその話も聞いた。変わり行く時代の話もそのつながりである。)
というか、川村さんは人間恐怖症で風呂のないアパートでどうやって生活しているのだろうか?
変なにおいしてることないしな。
というか、川村さんっていくつだろ?
それとなく焦点を絞って考えると本当に謎な人だ。
番台で料金を払う。
もちろん、入浴料は支払ってあるが、シャンプーや、石鹸などだ。
僕がいつも使っているやつを田中さんが持っていってしまったからだ。
僕はそれなりに髪の毛が長いのでアジエンスをそれなりに愛用していたし、
他の人が使ったものなんて気持ち悪いだろうし、
新しく買ってあげるよと、言ったのだが
「それがいいです!アジエンスがいいです!」
だそうだ。
まぁ、一日二日くらいなら全然いいんだけれどね。
そうして、シャンプーを購入した後、
脱衣を済ませてロッカーに衣服を入れる。
一応体重を量る。
やっぱ、ちょっと太ったよな。
そんな気がした。
すのこが敷かれている入り口の前に立つと
ガラス越しの先に若い男がいることがわかった。
大体この時間帯でここにいる人は大体が年配なので非常に目についた。
だからどうということはないのだが。
浴場に入るとその男は露天風呂ゾーンに吸い込まれていった。
そう、この銭湯の素晴らしいところは露天風呂があるところを
まずあげなくてはいけなかったな。うん。
浴場に入って正面が大浴場。
左手が露天風呂への道。
そして僕は右手の浴場で体を洗う。
シャワーを巧みに使って。
いや、こんな描写はいらなかったかな。
頭を洗いながら、風呂場の先の田中さんを思う。
もちろん性的な意味…ではない。
田中さんは心細くないんだろうか?
他に頼れる友人はいないんだろうか?
なんて考えながら、下の溝に流れる水を見ていた。
(もちろんシャンプー中だって目を開けてるんだよ。もう大人だからね)
すると、隣に誰か座ったのが見えた。
なんで隣なんだ?空いているところは他にもあるだろうに。
しかし、男くさい足だな。すね毛とかすごい。
はっ、として隣を見た。
昼間の町医者が隣にいた。
その町医者はこちらを横目で見ると、まるでスパイのやりとりのそれ、
のように言った。
「よう、縁があるねぇ」

終わる世界 第8話

結局川村さんは部屋に戻っていった。
そして田中さんは川村さんに借りたスウェットに着替えると、
僕の行く戦闘に、いや、先頭に、いや、銭湯についてきた。
川村さんは
「そんなみすぼらしい格好でいいの?」
なんてぎりぎりまで心配をしていたようだが、
さすがに、田中さんもいやなようで丁重にお断りをしていた。
僕もさすがにそんな子と歩いていたら犯罪性を増してしまう。
いや、可愛かったのは本当なんだけどね。
川原の横の道をとぼとぼと歩いていく。
しばらく無言だったが、口を開いたのは田中さんのほうだった。
「あの…迷惑ばかりかけてごめんなさい…」
「んん…気にすることないよ。
僕も似たようなことをした覚えがあるしね。
今だってその延長上みたいなもんだから」
少し不思議そうな顔を浮かべる田中さん。
続けて僕は話す。
「僕は虐待とまでは言わないけど、家がすごく厳しい家でね、
由緒正しい家元だったもんだから、しきたりは厳しいし、
何より未来を決め付けるような教育の仕方にうんざりしていたんだ。
まぁ小さいときは全然違和感なく修行だの、座禅だの、
まぁ、いろいろやっていたし、やりがいも意味合いもあったんだけどね。
単に飽きちゃったってとこなのかなぁ。
今でもよくわからないんだけど、とにかく家を出ようって思ったのが
今の田中さんと同い年の頃かなぁ。」
田中さんは、次は次は?というような顔で無言を守っている。
だから続けて話した。
「それで、唯一話のわかるばあちゃんに頼んでね、
もちろん、お金は自分で貯めたのだけれど、
大学生になるのと同時に家を借りてもらったんだ。
田中さんもそういう風になるのかなぁ、
なんて考えたら、まぁ放ってはおけなくなったかな。
もちろん長居は許すつもりはないんだけれどね、
二三日くらいならね」
「2、3日いていいんですか!?
やったぁ!うれしい!
本当は今日この銭湯から帰ったら追い出されるかと思って…」
…泣いてる…
おいおい…
「ありがとうございます!こんな世の中にも
神はいらっしゃるんですね!おお神よ!ありがとうございます!」
「大げさすぎるって!
ただ親御さんには連絡するんだぞ。」
満面の笑みでうなずく田中さん。
なんだかなぁ、その無邪気さに触れれば触れるほど、
すごく罪悪感にかられるんだよなぁ。
しかしまぁ不憫だな…
親は親で何か考えがあるんだろうが、
それにこの子がどういったことをもって虐待と思っているのか知らないしな。
片側の意見に偏るのは非常に危険な思想だからな。
人は誰でも自分が主役で当たり前に生きているもんだからな。
自分の意見を貫けば誰かの思想を切り捨てることになるわけで、
自由を求めれば、必ず束縛されたいと思う心が生まれるわけで、
結婚だって極論、社会に出てみて一人で孤独だと認識して、
やっと誰かの温かみがわかって、変わり行く毎日の自由の中に
変わらない一つの束縛を守るような行為に過ぎないわけだからな。
そこに子供が出来ることは、更なる足かせに感じるか、
母性が勝つのか、それは人それぞれだし、
それに当人でもなく、経験がない自分が知ったような口を利くものでは
ないのだろうな。
それでも、自分の中ではそんな親になりたいとは思えないな。
もちろん自分の両親のようにも。

とぼとぼ歩いていた。
川原には綺麗な緑の色した蛙がぴょこんと跳ねた。