肉・食・獣
昔から僕は、空気を読めずに幾度も苦しんできた。
もちろん今だって100%
読めるわけではない。
むしろ、80%は読めない。
それでも、社会にもまれ、人にもまれ、
おっぱいを揉んで、僕は少し自分の成長を感じていた。
先日、急激に女の子
と遊びたくなった。
男子諸君!なら、一度は感じたことがあるのではなかろうか…。
そう!その感覚だ。
しかし、毎回遊んでいるような女の子というのも
どうなのだろう…。それでは、新鮮な楽しさは得られない
のではないだろうか。
毎回遊ぶ女の子など一人もいない僕は、
そんな贅沢な思いを巡らせる。
そして、思いついたのが、
中学の時の同級生
だった女子の一人だ。
その子は、生徒会で一緒だった女の子で、
学年で1、2番目に成績優秀な子だった。
ちなみに、中学の時にはその子に対する劣情は
何一つ持っていなかった。
何故その子と会いたくなったか…。
数か月前に遡る。
とある事情で、
その子と飲む機会があった。
その時に僕は気づいた。
彼女が「へー、そうなんだー」
と言うと、口の形がアヒルの形になるのだ。
その口がめちゃんこ可愛い
のだ!!
その子自体がめちゃくちゃ可愛いわけではない。
しかし、アヒルの口が出た瞬間に、
みひろレベルで可愛くなる。
(注1 みひろ…蒼井そら
などの一世代下のアイドル
AV女優。スゲー可愛い)
僕は、口が好きらしい。
人間的魅力のいま一つだった井上和香が
一時期僕のマイブーム
だったのも、
完全に口めあてだ。
しかし、井上和香と付き合うことができなかった僕。
口への情念は増していくばかりだ。
その僕に、こんなアヒル口を見せたら、
そら欲情するでしょうよ!
そんなドロドロした気持ちを胸の奥に隠し、
アヒル口にメールする。
週末にメシでも食いませんか。と。
すると、メールがなかなか返って来ない。
もしかして、下心がバレたか!?
そりゃ、25になった男子が2人でメシ食い行こう。
とか言ったら、警戒するよな!
とか、なんか色々考えた。
すると、悩み苦しんでいる僕にユウガットメール。
アヒル口からだった。
そのメールによると、
どうやら友達と遊ぶ予定だったけど、
その子がいてもいいなら大丈夫。
ということだ。
なるほど、とりあえずこのメールで分かったことは、
この子は僕に惚れていない、ということだ。
遠巻きに、「今日はあなたを抱きませんよ」
そう言われたのだ。
少々テンションが下がる僕。
しかし、こちらから誘った手前、
断りづらい。
というか、友達いるからって断ったら、
何か下心丸出し過ぎて、さすがの僕も恥ずかしい。
ということで、もしかしたらそのアヒル口の
友達の女の子と仲良くなれるかも知れない…そんな希望を抱き、
三人で遊ぶことを承諾した。
そして当日。
高円寺で約束していたのだが、
前日までの仕事の疲労
と、
どうせ今日はセックスできるわけじゃねーしなー…
という、ある意味絶望で、ダラダラとし、
約束の時間を一時間半はオーバーして現場に赴いた。
そして、アヒル口に着いたむねをメールで伝える。
すると、飲んでいる店を教えてくれる。
その飲み屋に足を踏み入れる。
と…辺りを見回す。
よくあるような飲み屋。
席数は30くらいだろうか。
と、こちらに手を振っている影が見える。
アヒル口だ。
僕はそちらの方に足を踏み出す。
と、アヒル口の前に座っている人がいる。
どうやら彼女の友達だ。
僕はどんな顔だろうと思い、
その子をしっかり見る。
褐色の肌。がっしりした体躯。短く刈り上げた髪。鋭い眼差し。
男。
そう、男だったのだ。どう見ても男。どう考えても男。
100%中の100%男。男の中の男。
おい!話が違うじゃねーか!
叫びだしたい気持ちを、
2年近い社会人としての積み重ねをフル稼働して、
必死に抑える。
笑顔で席に座る僕。よく見れば笑顔は確実にひきつっていただろう。
軽い挨拶を済ませて、改めてその男を見る。
褐色の肌。がっしりした体躯。短く刈り上げた髪。鋭い眼差し。
やっぱ男かー。
しかも、超文科系男子の僕が完全に苦手とする、
体育会系男子だ。
と、アヒル口は別に悪びれる様子もなく、
普通に話しかけてくる。
まあ、緊張せずに済むからいいか…などと、
意味のない慰めを自分に投げかけ、
二人と話し出す。
話してみると悪いやつじゃない。
そこそこ話せる男子だった。
若干自分の話ばっかしすぎだが、そこまでウザい感じでもなかった。
まあ、いいやつだからどうしたというわけではないが。
と、しばらく話していくうちに、
この体育会系とアヒル口が
まだ1、2度しか会ったことがない(今回を合わせて)
ということを知った。
つまり、運の悪いバッティングであるということだ。
そして、しばらくすると、アヒル口がトイレ
に行った。
僕と体育会系の二人きり。
こいう時に若干気を遣ってしまう僕は、
何か会話をせねばいかん!と思った。
しかし、こんな根っからの体育会系みたいな男子と
共通の話題
など皆無に等しい。
体育会系男子との会話で路頭に迷う僕。
そこで思い出す。
先ほど、会話の中で、この体育会系褐色男子が、
最近彼女と別れた…という話をしていた。
そして、その彼女とは元々友人で、
その友としての付き合いを経て、
恋人になったらしい。
なるほど。
友達→恋人だったら、僕は実体験から
話ができる。むしろ得意分野だ。かかってこいや!
そんな、武器を手に入れた僕は、
体育会系筋肉バカに話しかける。
「さっき言ってた元カノって、友達から恋人になったんですよね。付き合い出したきっかけって何だったんですか」
「ああ。付き合う前にヤッちゃったんですよ」
その時の声色。表情。仕草。
全てが物語っていた。
こいつ、肉食男子だ。
肉・食・獣!
さっきまで、無邪気な熱血体育会系バカみたいな
顔をしていたのに、その瞬間、狼が顔をのぞかせる。
そして、僕は悟る。
ああ。こいつ、アヒル口とヤリにきたな…と。
確かに、僕も下心はあった。
しかし、勘違いしないで欲しい。
僕はあくまで雑食男子。
抱いてくれるのなら黙って抱かれるが、
抱いてくれないのなら自分から抱きにいくことは無い。
何故なら、そんな勇気が無い。
しかし、この肉食体育会系バカは、
完全に抱く気マンマン様で来ていたのだ!
僕は気づいた。
(そうか、今日邪魔だったのは俺だったのか!)と。
そう。空気を読んでしまったのだ!
そして、アヒル口もトイレから帰り、
しばらく話してから、二人の電車の時間を訊くと、
もう終電は無いそうだ。
二人とも泊まりコース。
僕は「そろそろ帰ります」
と口にする。
その時、肉食獣は「え?もう帰るんですか?」
と言いながら、これ以上無いくらいの喜びを
顔いっぱいに表現していた。
僕は、あの顔を一生忘れない。
帰りの電車に揺られながら考える。
アヒル口は、何故僕が来ることを承諾したのだろう。
つか、セックスしたんだろうか?
いつか、聞かねばなるまい。
とりあえず、その時にできたこと…。
それは、肉食獣のために空気を読んであげた
自分を誉めてあげることだけだった。
おわり