自分がアダルトチルドレンで、世界一幸せな家族だと思い込んでいた原家庭は、機能不全家族で、母とは共依存という異常な関係性を日々強化していたこと、一生懸命になればなるほど蟻地獄へと堕ちていく。私の家庭には健全な愛情が存在せず、安心安全な環境もなくて、もらいたかった愛情を求めて、たくさんの役割をこなして、自己犠牲で生きてきたことを知った七年前。
七年経った今でも、まだ本来の自分の立ち位置も、自由な心も、望んでいた人生も、手に入れられてはいない。
確かに、少しずつ少しずつ状況は変化していった。最愛夫に出会い、生まれて初めて安心安全な環境を手に入れたはずだった。
幸せになったかに見えた新しい生活は、私の中に40年強固に根付いた心の制限や思い込み、思考癖に翻弄され、不安定な情緒は変わらなかった。私の内側の心模様を映し出すかのように、外側の世界では、アパート階下の激しい騒音問題に、日々心がかき乱されて、気が狂いそうで、本当に苦痛だった。
管理会社に訴えても、騒音は一向に収まらなかった。心無い人間がいることが悲しくて、悲しくて辛かった。子どもを制御できない母親の無能さに心底、恨みが募った。
でもそれは、ダミーの問題だったのだ。本当は、私の母を心から憎んでいたから。そんなことも知らずに、私の善良さも才能も魅力も、全部、精神的な幼児である両親に捧げて、エネルギーをすり減らして、家族の中で下敷きになって、感情のゴミ箱役になって、踏みつけられて生きてきた、という事実を受け入れることは容易ではなかった。
中でも、母親は、私を世界一愛していると、大切にしてくれていると思い込んでいたのに、実際には、満たされない思いを、我が娘を支配することによって、娘の人生を壊し続けている張本人だった事実に愕然とした。
それからというもの、毎年、「母の日」が来るたびに、感情が大きく揺れた。やっと、ふつうの日と変わらない状態で過ごせるまでに、近づいてきた。
私の中にできた、大きな人間不信と生きる尊厳と心の根底を揺るがす恐怖と悲しみは、心の中に莫大に膨れ上がっていたことを日々痛感する。
七年経ってもまだ、自分の心を取り戻し切れていない。どうすれば自分が喜ぶのか、どうすれば悲しむのか、どうやって心の充電をしたら、心が満たされるのか、いろいろな感情を自分の中で適切に処理して、適切に他者に表現する、精神的に自立した大人に成長していくのは、簡単ではないと感じている。
一生かかって、そんな自分と向き合っていくのだろう。何が正解かもわからない、心の回復。
私がこの世界にいる意味ってなんだろう?と、時々思う。
夫以外の人とはうまく付き合えない。夫は優しいけれど、その優しさに甘えすぎて、依存してはいけない。依存する癖が根強く私の心に染みついているから。自立した大人になりたい。
何があっても堂々と一人で立って生きていける人になりたい。私の自然な、本来の私に戻りたい。でも、現実は、困難なことが付きまとう。
人に失望して人に憤慨して、怒りの問題は常に付きまとう。無人島で生きられたら、どんなにいいだろう、と思うことがある。
人と調和して生きていける人を羨ましく思う。
今月は誕生月。だけれど、私の心は、いつもどんより曇り空。時々、雷雨。こんな私が、満ち足りて生きている瞬間が訪れる日は来るのだろうか。
楽しく毎日を生きていきたい。生きがいや情熱を燃やして、生きていきたい。
お母さん、あなたから得られなかった愛情を、自分でもう一度取り戻して、自分で育て直して、お母さんが望んだ娘像を引き剝がして、たくさんの無意識の歪みを矯正して、本当の私に戻る旅は、なかなか大変です。
悲しみに暮れた過去の日々は、心の中にずっとある。でも、その事実を受け止めて、自分らしさに近づいていく地道な作業を果てしなく続けていく。