私は親を盲目的に神格化していました。そう強固に幼少期から洗脳され、信じて疑いませんでした。
親だけでなく、いろんな人を、ほんのちょっと見聞きしたエピソードだけで、100%「良い人」「悪い人」と決め込み、「悪い人」は、たった僅かな一面だけで、大嫌い認定をし、逆に、「良い人」判定した人は盲信し、神格化する傾向が強い、という癖があることを発見しました。
アダルトチルドレンさんは、思い込みが激しい方が多いです。善悪のジャッジが、厳しい一面もあります。
親から価値観を押し付けられることこそが、何より大嫌いだったはずなのに、それを、無意識に他人に、自分の価値観の押し付けをやってしまっていたりします。
それなのに、私の場合は、親以外の人(友人、職場の人など)で、価値観を押し付けてくる人がいると、烈火のごとく、内心怒りの炎が、瞬時に湧き上がり、無性に腹が立って、いつまでも鎮火しませんでした。
(元々、心の奥底に、親への怒りが、膨大に膨れ上がって渦巻いているので、僅かな火でも、ボッと激しく燃えていたのでしょう。)
今、冷静に振り返ると、自分が嫌っている自分の一面を、他人に付与して投影して見て、それを批判することで、自分の良心を慰めていました。
人を盲目的に神格化してみると、その人の思わぬ、嫌な一面を見た時、とても裏切られたような気持ちに、勝手になります。
最初から人をフラットに、一歩下がって、冷静に見られるようになれば、ひとりの人間の中に、良い面も悪い面も両方持っていることを理解しているので、必要以上にがっかりしたり、裏切られたような気持ちまではなりません。
人への見方も、両極端になりがちなことを、頭に入れておくと、自分なりの傾向が見えてくるかもしれません。
私は、そのような傾向を今も持っていることを自覚して、良いエピソードを知って、好感度が一気に上昇しても、またフラットな視点まで戻って、その人を見るようにする。
また逆に、好ましくないエピソードを知り、好感度が劇的に落ちてもまた、フラットな視点まで心を戻して、その人をまた新しく見る、ということを意識しています。