病の不安に いたたまれずに 外に出た

 

 何の当てもない ただ ぼんやりと 風に吹かれて歩く

 

 無心になって 歩く時 

 

 まるで 詩を詠んでいるかのように 

 

 映画の エンディング映像を 見ているかのように

 

 浮かんできた 言葉たち

 

 遠い記憶の欠片

 

 いつも 思い出すのは 母の後ろ姿

 

 忙しく 料理を作ることに 没頭する母

 

 洗濯や 家事を 完璧に こなしていた母

 

 美しく 小綺麗な母 

 

 母を見た人は 誰もが 「綺麗なお母さんね」と言った

 

 でも 子にとって 母が美しいかどうかは 果たして重要だろうか?

 

 私は 母に 自分を認めてもらいたかった

 

 私の話を ただ たくさん 肯定して 聞いてほしかった 

 

 私の感情 人格 思いを 無条件に 受け止めてほしかった

 

 そして 信頼してほしかった

 

 「何があっても あなたは大丈夫。乗り越えていけるよ」

 

 「お母さんが、側で見守っているからね」

 

 「あなたは、どう思っているの?何を感じているの?」

 

 たとえ一度でも 関心を示して そう 問いかけてもらいたかった 

 

 お母さん お父さんという存在が ただ 安全基地であってほしかった

 

 母が 健全な愛情を 親からもらい 

 

 自分を肯定して 生きていけていたなら

 

 娘や息子に対して 健全な愛情を 注ぐことが できただろう

 

 子の話に 耳を傾け 励まし 子の思いや感情 人格を 肯定できたはず

 

 残念ながら それは 叶わなかった過去

 

 家は 安心できる場所ではなく 会社のようだった

 

 上司からの指示に ただ 従うだけの 平社員2名

 

 兄が 大学に行けなくなった辺りから

 

 私が この家庭の 調整役 仲介役も担う

 

 誰も 本音を お互いに 話さない

 

 全部 みな 私に言う 私は 伝書鳩であり 調律役

 

 そして みな それぞれの 感情のトイレ扱い兼カウンセラー

 

 私を 頼りにしているけれど 誰も 私の思いや感情に無関心

 

 私の話をすれば 必ず「否定」から入って 諭される

 

 泣くことも 怒ることも 悲しむことも 

 

 決まって やんわりと 優しい言葉で 否定される

 

 「親である私が常に正しい。子は間違っている。」

 

 「私の言うことを聞いていれば、何も間違えない。」

 

 その信念の 根底にあるもの 

 

 親としての 充足感や満足感 達成感 立派な親という肩書

 

 親(私の祖父母)から得られなかった愛情を 心から渇望していたから

 

 代わりに 目の前にいる 我が子から 

 

 愛情 賞賛 自信 自分にないものが ほしかったんだね

 

 母は 父は 精一杯 考え得る範囲内で 愛情を注いだつもり…

 

 現実は 母が娘である私に甘え 愛情をもらい 

 

 親子の役割は 逆転していた

 

 父も 立派で 理解がある 子煩悩な父親像を 演じていたけれど

 

 とても 不器用な人だった

 

 息子は 父親を 人生のモデルにして 人生を学んでいく

 

 息子と父親の対話は とても重要なコミュニケーション

 

 けれど父は 一度も 息子と 腹を割って 心の内を話すことはなかった

 

 母は 自分の敷いたレールの上を 子に 歩かせたかった

 

 そうすれば 不安定な心を その場しのぎでも 安定できたから

 

 父と母は 親としての 正常な心理的機能は 果たしていなかった

 

 傍目には しっかりとした 堅実な職業

 

 幸せそうな 戸建て住宅

 

 裕福とまではいかなくても 貧しくもない 物質的な豊かさ

 

 理想的な 父と母にしか 世間には 見えない

 

 現実には 不幸な息子と娘を 育てて

 

 無意識の要求と渇望は 歳を重ねる度に 強く 高くなっていく 

 

 私から 関係を断つまで 娘である私を苦しめ続けた

 

 だけど もう 恨んではいない

 

 それしか できなかったんだよね

 

 でもね 私も 兄も ずーっと 苦しかったんだよ

 

 本当の姿を ありのまま 認めてもらえないのは 壮絶な苦しみ

 

 親の思う通りを 演じないと 認めてもらえない

 

 条件付きの 愛情

 

 ただね 私は 途中で その真実に 気づかせてもらえたから

 

 今からでも 得られなかった愛情を 自分に与えて

 

 自分の心を 育て直していくよ

 

 生涯 それを やっていくよ

 

 病は 何かに気づかせるための 大切なメッセージ

 

 心の底から湧いてくる恐怖や不安な心を受け止めて

 

 自分自身に 優しい言葉をかける

 

 母に 言って欲しかった言葉を

 

 「あなたは、大丈夫。私がずっと側にいるからね」