「グレッグ、馬鹿な真似はよせ!」


 突然、自殺を図ろうとしたグレッグを止めようと探偵さんは声を張り上げました。


 「グレッグさん、どうか止めてください」


 王子も必死に止めようとします。他の者たちはどうしていいかわからずに途方にくれるばかりです。


 シンデレラの義理の姉も、何を言えばいいかわからず頭が混乱していました。


 その間にもグレッグは、血走った眼で探偵や王子も睨みながら震える手でナイフを動かしています。


 「来るな! 来るな! 私に近づくな! もう、いいのだ・・・これでいいのだ」


 真実を知り、自分の生きる意義や存在さえも損失したグレッグには、もう自分を守るものも何もありませんでした。


 その瞳に映る現世への絶望。自分に嘘をついてきたことの自覚。何もかもがグレッグを死に追いやろうと接近してきます。


 怒りや悲しみを通り越し、報われなかった人生に自らを持って終止符を打つ。


 グレッグはあの時から、そういう日が来ることを知っていましたし、また望みでもありました。


 止めようとする相手をナイフでけん制をしつつ、グレッグは城のバルコニーに向かって走り出しました。


 探偵も王子も慌てて後を追おうとしましたが、真っ先に駆け出したのは先ほど泣き崩れていたシンデレラです。


 「シンデレラ!」


 いつの間にか泣き止んでいたシンデレラは誰の声も聞こえませんでした。


 今、自分にできること。自分がしなくてはいけないこと。それが正解かどうかなんてわからない。でも、自分の心は知っていました。今、やらなければこの先、一生、自分を許せなくなる。だから!


 一つの決意を胸に秘めたシンデレラの凛とした表情が夕日に照らされてとても美しく輝いていました。


 バルコニーに到着したグレッグは、下を見おろしながら唾をごくりと飲み込みました。ここから落ちれば確実な死がやってきます。


 グレッグがバルコニーの手すりに足をかけようとした時、シンデレラは現れました。


 「止めてください!」


 意外な人物が現れてグレッグは振り返りました。


 「シンデレラ・・・か・・・」


 「お願いです。こんなことやめてください」


 「・・・今更、許してほしいとは思わん。父親のようなことは何一つしていない。この世でもっとも最悪な親だ。自分の娘の命をなんとも思っていない父親だ。そんな親、死んだって悲しくもないだろうに」


 「・・・」


 シンデレラは悲しくなりました。自分にとってグレッグは悪魔のような親。それが全て許せるはずもありません。だけど、だけど自殺なんてしてほしくない。


 「グレッグ・・・、いえ、お父様!」


 「まだ私を父親と呼んでくれるのか・・・それが例え、私を止めようとする慈善であっても、私は嬉しい」


 「慈善なんかじゃありません!」


 「もう、いいのだ。シンデレラ・・・すべて・・・終わったのだ」


 シンデレラの必死の説得にまったく耳をかさないグレッグ。


 ちょうどその時、探偵さんと王子が現場に駆けつけてきました。


 「終わった・・・終わったですって・・・お父様、まだ何も終わっていません!」


 突然、シンデレラが大声をあげました。


 「お父様・・・お父様は幸せだったのですか?」


 「それは・・・」


 「お父様は、お母様の願いを叶えてあげてないじゃないですか」


 「・・・」


 「私のことだって、しっかり見ていないじゃないですか。ずっとずっと避けて、今度は勝手に死ぬつもりなんですか!」


 シンデレラとグレッグは今まで面と向かって会話をしたことがありませんでした。もしかすれば、これが最後の会話になるかもしれないのです。


 「どうして、どうしていつも自分で決めてしまうのですか? ずっと苦しんでいたんですよね。私がまだ子供でも、お父様が苦しんでいたことはわかります。どうして、お父様は私の手の届かない所に立っているんですか」


 シンデレラの説得が失敗に終われば、誰もグレッグを止めることはできない。探偵さんはそう思いました。ここは静かに見守るしかないようです。


 「何一つ親らしいことをしていない。なら、最後に親らしいことをしてください。自分の娘の前で自殺なんてしないでください!」


 シンデレラは無我夢中でした。自分が言ったこともほとんど覚えておりません。


 「お願いです。これ以上、私やお母様を悲しませないでください!!!」


 グレッグが一瞬ひるんだ隙に、シンデレラは駆け出し、グレッグを抱きしめながら泣いていました。


 「お父様・・・もう苦しまなくていいんです。お父様は十分に・・・頑張ったのですから・・・」


 グレッグはシンデレラを抱きしめ震えていました。


 「すまない・・・すまなかった。私は・・・私は・・・」


 言葉にならない言葉があふれ出し、グレッグはシンデレラを抱きしめながらいつまでも謝罪し続けました。


 「やれやれ、一時はどうなることかと」


 ほっとした王子が探偵さんに話しかけます。探偵さんも微笑しながら言葉を返します。


 「まったくです。やはり、親子の絆というのは深いものですね」


 二人はシンデレラとグレッグを残し、その場を去り、美しい夕焼けのみが二人を、優しく見守りました。

 

 現代版シンデレラ(81)終わり。いよいよ、次の(82)で最終回を迎えます。