黙って席についた。当然、隣にリュークが座っている。私が箸を持って焼き魚を食べようとすると、母が注意してくる。こういうことにはとにかくうるさい。


 「美雪、いただきますは?」


 「はい・・・いただきます」


 リュークも母親がいる前では猫を被っているようだった。ううん、そうじゃない。リュークは食べることに夢中だから、何も言わないのだ。少し気になってリュークの方を覗いてみた。


 外見的には決して悪くない。なかなかの美青年だと思う。背も私より高いし、運動神経も抜群、おまけに奇妙な術か魔法かはわからないけど、色々知ってる。でも、憧れの先輩はもっともっと格好良い。リュークなんて相手にならないんだから。それに性格は最悪。なんていうか・・・凄く、子供だ。何事にも興味を示すし、素直に笑う。表と裏がないというのか。本当に羨ましい能天気な性格だ。


 箸が上手くつかえないから、手で握りしめて、お茶碗を片手にご飯をかきこんでる。それにしてもよく食べる・・・。


 「美雪、何してるの。早く食べなさい」


 「あ、は~い・・・」


 最近、朝はずっとこんな調子だ。まともにご飯を食べることができない。


 「なんだ、美雪。食べないのか。だったら俺がもらうぜ」


 そう言って私の焼き魚を手で掴み、頭から口に入れて、バリバリと噛み砕いていく。


 「あっ、ちょっと、それ私のよ!」


 時はすでに遅し。リュークは骨ごと一飲みにしてしまった。これで私の焼き魚はリュークのお腹に入っていった。昨日だって夕食のとき、私の好きなウインナーを・・・。


 「ああ、悪い、悪い。食べないからいらないと思ったぜ」


 「どうしていつもそうなのよ!本当、勝手なことばかりして」


 「美雪、女の子が大声を上げちゃいけません」


 「うぅ・・・わかっているけど。わかっているけど・・・」


 自分が惨めに感じる。ただの焼き魚でなんでこんなに怒っているんだろう。それなのに、私は席を立って、鞄を持って逃げるように家を出ようとする。自分のやっていることが本当に馬鹿らしい。


 「おい、どうしたんだ?」


 心配になったのか、玄関にリュークがやってきた。元はといえば・・・全てこのリュークのせいなのだ。私が怒っているのも、惨めなのも、無性に哀しいのも、皆、皆、リュークが・・・。


 「そんな顔をするな。笑っているほうがお前には良く似合うからよ」


 「・・・・・・」


 しばらくの沈黙。かなりの沈黙。


 「・・・リューク」


 「うん?」


 「・・・・・・ありがとう、でも言うと思ったの? この馬鹿でうすらとんかち!」


 持っていた鞄を思い切り振りかざしたが、リュークに避けられてしまった。


 一体どこでこんな台詞を覚えたのか。たまにリュークはこんな気障な台詞を面と向っていう。問題は私の心の準備はお構いなしで、全く効果的でないところ。ううん、むしろ逆効果。私はそんな気障な台詞なんかには騙されないわ。でも、憧れの先輩からそんなことを言われたら・・・。


 「美雪、なにやってるの? 後5分しかないわよ・・・」


 「ああ・・もう、間に合わないじゃないの! また、遅刻しちゃう・・・」


 遅刻して怒られるのは別にいい。だけど、遅刻している姿をクラスの皆に見られるのはとても恥ずかしい。それに今日遅刻したら連続5回目になる・・・。


 「美雪」


 「何よ・・・あんたのせいで私はまた・・・」


 「ここは俺に任せろ」


 嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感がする。そして、その予感が間違いなく的中しそうなのは・・・気のせいじゃない。


 「ちょっと待って・・・一体何を?」


 「なあに、まずは美雪の部屋に行こう」


 「嫌よ。あんたに関わるとろくなことがないんだから・・・」


 「まあまあ、遅刻したくないんだろう?」


 「・・・それはそうだけど・・・」


 「だったら、俺に任せなって」


 青い瞳をキラキラと輝かせながら、ニヤりと不適に微笑むリュークはとても魔王の息子だなんて思えない。どう見ても近所にいる悪がきのようにしか見えない。でも、その笑顔には不思議な魅力があった。なんというか、人を信じ込ませるような・・・。


 それに、この驚くほどの自信はどこから湧いてくるのだろうか。本当に不思議に思う。私はこの妙な自信に賭けてみようと思い始めていた。そして、それこそ間違いの始まりだった。


 「わかったわ。で、どうするつもり?」


 「なあに、遅刻しなければいいんだろう」

 

 私の平和な日常を返して欲しい・・・。


 最近、いつも朝起きるとそう思いたくなる。神さま、私が何か悪いことでもしたというの? ただ普通に生活を送っていただけじゃないの。それなのに・・・神というのはどこまでも身勝手だ。


 なんでこんなことになったのか。自分でもよくわからない。だけど、1週間前、あの時、あの場所で、あいつに会った時から・・・こうなってしまった。


 自分で世界一不幸で可哀想な女子高校生だと思う。まだ幽霊にとり憑かれた方がましだったかもしれない。神さま・・・私の罪を全て懺悔しますので、あいつをどこかに封印してください・・・。私はもう何百回もお願いした。


 「美雪、起きなさい。学校に行く時間よ」


 母親が呼んでいる。そろそろ起きないと・・・。でも、本当は起きたくない。だって、台所にはあいつがいるんだから・・・。


 「美雪、早くしなさい」


 「はーい」


 うちの母親は怒ると存在感のない父よりも相当に恐ろしい存在となってしまう。そうなってしまえば、今月のお小遣いにも響くし、良いことは何一つもない。仕方なく、私は洗面所に向かうことにした。


 自分の顔を見て思う。なんだかとても疲れている。“せっかくの美人がだいなし”だと、言ってくれる素敵な男性はいないけど・・・。それに・・・親友の恵子ちゃんのほうが男に良くもてるのだ。やっぱり、ロングにしたほうがいいのかな? ショート・ヘアより、もてるのかな? 


 などと、考えている場合じゃない。早くしたくしないとまた遅刻だ。先生に怒られるのはとても恥ずかしい。とか、いいながら今月はあいつのおかげで何回遅刻することになったか・・・。思い出すと怒りが込み上げてくる。鏡に映っている私はとても怖い・・・。駄目駄目、美雪。こんなんだからもてないんだ。もっとおしとやかに笑う練習でもしよう。


 私だって彼氏が欲しい。でも、この男勝りの性格のせいで、寄ってくる男性がいない。たまに女子から告白されたこともある。好きになってくれるのは嬉しいけど・・・。


 「美雪、何やってるの、遅刻するわよ」


 ああ、そうだった。今はそんなこと考えている場合じゃない。私は急いで顔を洗って、部屋に戻り、制服に着替え、台所へと走った。後で怒られたけど・・・。


 「美雪、家の中で走っては危ないって、何度言ったらわかるの!」


 「だって・・・時間がないんだもん・・・」


 私のいいわけに、全く耳を貸さない母。


 「早く起きないからよ。リュークはあなたを起こす前からそこで座ってご飯食べているわよ」


 六人用のテーブルに父、母、それにリュークが座っている。弟の健太はまだ起きていないみたい。


 「よっ、寝ぼすけ娘」


 第一声がそれか。挨拶もなしそんなことばか。無償に腹が立った。


 「・・・一体誰のせいだと思ってんのよ!」


 「自分のせいだろう」


 断じて違う。私のせいじゃない。私が寝坊したのは、絶対にこいつの責任だ。


 「また・・・そうすぐ、喧嘩して・・・リュークはこの町に来てまだ一週間も経たないのよ。美雪、面倒見てあげる約束でしょ?」


 「うぅ・・・そうだけど」


 痛いところを突かれた。確かに私は面倒を見ると約束した覚えはある。だけど・・・それはこいつが普通の人間だったらの話だ。もちろん、普通の人間だったら私はこんなにも悩んだりしない。


 家族は外国からやってきた学生だと思われている。というか、そう説明するしかなかったのが現実・・・誰が魔王の息子と紹介して信じるのよ。私だって信じたくない・・・。