自機起動。
思考判断プログラムオールグリーン。
視界センサー異常無し。
脚部関節動作可能。
腕部関節動作可能。
背部、並びに脚部バーニア動作可能。
起動フェイズを終了。
「Good Morning The World、おはようございます」
行動フェイズに移行する。
人型2を視認。敵意は認められない。
「お、しゃべった」
「止まれ。名を名乗れ、抵抗するならば、射撃をも厭わない」
二人とも唖然として声を発する兆候は見られない。抵抗と判断、威嚇射撃を開始する。
火器を持った腕を天に向かって振り上げ、トリガーを引く指に力を込める。
しかし、トリガーがあるはずの位置にトリガーは無く、トリガーはおろか火器さえも私の手には無かった。
「なんと卑劣な…火器を奪うとは」
「いや、話が見えないぜ」
「まあ、落ち着いて。キミは壊れていて、僕が直した、それは把握してほしいんだ」
男性が私を直したとのたまう。サルベージしたのだろうか、それにしては質素な場所で目覚めたものだ。
しかし、自壊したのは確かである。それを修理したのだからこの男性は余程の技術を持っているのだろう。サルベージし、修理までしてもらった恩を仇で返すのは善いことではない。
「失礼した。私はBA01Pという試作型戦闘用アンドロイドだ。修理の件は有り難く思う」
「理解してくれたのなら良かったよ、僕は森近り」
「私は魔理沙って言うんだ、よろしくだぜ」
モリチカ、マリサ、記憶完了。
「よろしく、モリチカ、マリサ」
何だかモリチカはがっかりしているようだが、私には何の事だか分からなかった。





「ええと、BA01P、だっけ?」
マリサが億劫そうに尋ねてくる。
「BA01Pは形式番号だ、直接的な名ではない」
「呼びにくいぜ」
呼びにくい、と言われても、形式番号で呼ばれるのは私にとっては当たり前ではある。研究所でも形式番号で呼ばれていたし、ただ一人を除いて。
「香霖、何か名前つけてやってくれよ」
「…魔理沙、妖怪少女の時もそうだったけど、人を煽るのは善くないよ」
「モリチカが決めればいい、私を直したのはモリチカなのだから」
空気、というのを読んでみた。半分は空気を読み、半分は本心である。言わばモリチカは私の命の恩人というわけだからだ。
モリチカは「やっぱりね」と世界を悲観するかのように溜め息をついた。そして、真剣に腕を組んで悩み始めた。
「女の子らしい名前がいいのかな?」

「任せる」
そう言うと、モリチカはより一層悩み始めた。
「仮にも幻想郷に住むのだから、良い名前でないといけないな…。重大な事だよ」
「じゃあ霊夢でどうだぜ」
「霊夢、インプット開」
「ストップストップ、実在するから。しかも知られたらエラい事になりそうだ」
マリサは「ダメかー」と腕を組んで悩み始めた。そんなに名前が重要なのだろうか、私は今すぐにでも現在地などの情報を把握したいのだが。
するとモリチカが、陳列棚に置いてあった雑誌に視線を集中させた。そして雑誌を手に取り、適当にページをめくった、すると意気込むようにこちらを向いた。
「紫電改、これがいいんじゃないか?」
「香霖、紫電改ってなんだぜ?」

「大日本帝国海軍最強の局地戦闘機だよ、外界での世界大戦末期に実戦投入されたんだ。米国からの評価も良い素晴らしい機体だったらしい。…まあ、改は余計だろうから、紫電でいいか」
「了解、紫電インプット完了」
紫電改、か。もちろん私の記憶回路にも情報は記録されている。遅すぎた実戦投入により生産数は疾風より遥かに下回っている悲しい機体。侮蔑の意味を込めて私に名付けたわけでは無いだろうが。
「じゃあ、よろしく紫電」





「幻想郷…?」
私は現在地に関する情報を得たいと思い、モリチカに尋ねた。すると、幻想郷という単語が飛び出してきた。私のデータベースに存在しない地名だ。
「詳しい事は省くけど…外界では科学技術で発展しているらしいけど、ここ幻想郷は主に魔法的技術で発展しているんだ。妖怪、幽霊、鬼、吸血鬼、魔法使い、獣。あらゆる種族が幻想郷には存在していて生活を営んでいる」
パラレルワールドかと思ったが、ここの住人は私が元々居た世界を認知している。つまり、幻想郷と私の世界は繋がり在っているのだろうか。
しかし、鬼やら妖怪が存在し、魔法が発展技術というのはにわかに信じがたい。
「妖怪、魔法、空想話がはびこった世界か、信じがたいな」
「証拠に、魔理沙は魔法使いで、僕は半人半妖さ。それらしくは無いけどね」
「確かに、らしくは無いな」
私は二人を見て答えた。マリサは少し不満そうだが。
「幻想郷については以上さ。さて、紫電はこれからどうするつもりだい」
「どうするも何も、来たことも見たこともない土地を地図無しで動け、なんて無謀にも程がある。まあ宿はモリチカの家を利用させてもらうとしてだな」
「…まあ、宿の件はそうするつもりだったから別に良いんだけどもさ」

やはりモリチカは溜め息をつく。私は何か傷つける事でも喋ってしまったのだろうか。何だか分からないが、反省しておく。

「まあ、宿を借りるだけでは少々図々しいな。私を此処で働かせてくれ、もちろん給料は要らん」
「う、ん…まあいいか、店番が居れば僕も助かるしな」
「感謝の極み。改めてよろしく願う、モリチカ」
私は握手を求め、手を出した。モリチカは「ああ、よろしく」と言って手を握った。
レティクルを動かし、横を見ると、マリサが店の陳列棚から商品を手にとって眺めていた。
そしてモリチカのほうを向いて叫んだ。
「香霖!これ借りるぜ!」
「ああいう特殊な客は追い出してもらえると助かるね」
「了解、モリチカ」
私はマリサの服の後ろの首襟を猫のように掴みあげ、店の入り口からポイッと投げた。
ズベーッという擬音がお似合いなくらいマリサは真っ正面から地面とハグをした。
「優秀だね、この調子で頼むよ。…あとは、なんていうか、服装、かな」
モリチカは私の全身を見渡す。私は別にこの服装は嫌ってはいない。むしろ動きやすく、作戦行動に支障が出ない。
「このスーツでは不満か?」
「いや、郷に入らば郷に従えと言うじゃないか。その服装は目立ちすぎる」
そう言ってモリチカは棚から服を取り出した。伝統的なアジア系の服装に似ている、ダボダボな服だった。
「少なくとも店番する時はこれを着てくれ。就業時間外は制限はしないよ」
「了解。店番は何をすればいい?」
「客の応対をしてくれればいいよ。あ、これは非売品だから売らないでくれよ、あとこれ、ああ、あとこれも」
最終的には店に陳列されている商品のほとんどが非売品であった。非売品ではないモノは、見るからにガラクタなモノか、食器や工具などである。果たして、商売をやる気があるのかと思われるくらいだった。


こうして、私の幻想郷生活が始まった。


つづく