第三話「幼き帝王」


「あなたが私の館を見学している仕立屋さんかしら」
頬杖をつきながら幼き吸血鬼は問うた。
「ええ、早速仕立てさせてもらいますわ」
私は先手を打ち、銀ナイフを投げた。
吸血鬼はひらりとかわす。
「荒々しい仕立てね」
「主人様のお洋服は何色に仕立てられるのでしょうかね、今までのお客様は鮮紅が多かったのですが。主人様は紺碧でしょうか?それとも翡翠?」
ナイフを次々と投げるが、吸血鬼は全てを軽々しく避ける。
「たぎる、たぎるぞ化け物!今までの妖精や門番とはわけが違う!さあ、私をもっと楽しませなさい!」
「ヘンタイ。避けられて楽しいだなんてマゾヒストにも程があるわ。こんなのに美鈴やパチェがやられたのかしら」
吸血鬼は溜め息をつきながらナイフを避ける。
「時間は私のモノ、あなたの時間を、私に委ねなさい」
ドォン
時が止まる。
空気すら時を刻めない。
もうこの瞬間は私のモノ。
ナイフで首を掻き切って…。
「他人に委ねられないわ、私の時間は私のモノよ」
止まった時間の中を、吸血鬼は疾走する。
そして私の胸を鋭利な爪で一突。
貫いた、ハズだった。
「胸に詰め物?パッドって言うのかしら?そんなのに助けられるなんて、ヴァンパイアハンターの名が廃っちゃうわね、仕立屋さん」
私は手に持っていたナイフを投げつける。だが易々と弾かれた。
「殺す前に聞いてあげるわ。あなたの名前を教えてちょうだい?」
「名乗らせる前に名乗るのが、礼儀ですよ化け物」
そう言い放つと、吸血鬼は不満そうな顔をしたが、すぐに余裕綽々になった。
「あらごめんなさい。私はレミリア・スカーレット(れみりあ☆すかーれっと)」
「…アフランシル・ペルソヌ」
そう言うと、レミリアは腹を抱えて笑い出した。
「あはははは!解放する者?あなたが私を解放する?まったく笑い物だわ!」
ひとしきり笑ったあと、レミリアは呟いた。
「ふざけるな、人間」
そう言って、レミリアは槍のようなものを精製した。禍々しい紅い力が、槍から溢れ出している。
「行くぞ、化け物」
私は銀ナイフを逆手に持ち、接近する。レミリアは槍で薙払おうと、槍を水平に振り回した。
だが遅い。私は薙払いを避け、槍を持つ腕をナイフで切り裂いた。
「アアァァアッ!」
銀ナイフで裂かれた箇所が、ドロドロと溶け出す。
「解放される瞬間はどう、化け物?さぞリラックスできて、心地よい事でしょうねえ、レミリア・スカーレット?」

するとレミリアは不意に笑い出した。
歪んだ笑み。
歓喜するかのような笑み。
私を殺したいと切に願う笑み。
「やるじゃない人間!いや、アフランシル・ペルソヌ!ここまでの痛手を負ったのは久々!貴様なら楽しめて殺せる、満足して殺せる!」
溶けた腕が再生する。
そして槍を構え、私に向かい疾走する。
そのスピードは、私では捉えられないほど速い。
「遅いわ、アフランシルッ!」
今度の薙は避けられなかった、左腕が肘から離れていく。
「南無三ッ!」
すぐにナイフを構え、第二撃を警戒する。
紅い槍の猛撃は止まらない。直ぐに私を斬り伏せようと襲いかかる。
視線の交錯。
私は槍をかわし、レミリアの胸を銀ナイフで貫いた。
勝った。
「わけないじゃない、アフランシル。無謀に私に近付いたあなたの負けよ」
レミリアは槍を持たない腕で、私のナイフを持つ腕を捻り潰した。
「ガアッ!」
ナイフを持つ手に力が入らない。ナイフから、私の手が滑り落ちる。
レミリアは胸から銀ナイフを抜き去り、私の脚に突き刺した。
両腕を潰された私は、ナイフを刺された脚を引きずりながら後ずさりする。
早く立ち上がり、臨戦態勢を…。
「立ち上がるにも苦しい?そんなヨレヨレ態勢じゃ、私の相手は出来ないわ」
目の前の吸血鬼は私の胸を紅い槍で貫いた。
私は抵抗はしない。
任務、失敗。
「なんだ!呆気ないな!私の服は仕立ててくれないのかしら!さあ立ち上がれ!さあ!さあ!Hurry!Hurry!Hurry!!Hurry!!!」
吸血鬼は倒れた私を笑った。
私は無力だ。



吸血鬼は私の胸から紅い槍を抜く。
「…でも、殺すには惜しい人材ね。是非、私の腕として働いてもらいたいわ」
吸血鬼は私の瞳を見ながら呟いた。
「アフランシル・ペルソヌ…いや、偽の名なんて役にも立たないわ。やはり従属させるには真の名。あなたの真名を答えなさい」
私の口は、吸血鬼の瞳に操られているようだった。抵抗なんかできない、瞳に魅せられてしまった私に抵抗なんかできるわけがない。
「         」
「ふうん、そんな名前なのね。あなたに命ずるわ。私に従属しなさい、あなたの命は私のモノ、あなたの全ては無から私に拾われる。無から救った私に忠誠を誓いなさい」
そう言ってレミリアは手を差し出した。
私は抗う事無く、その手を取り、甲に口づけた。
「有り難き、幸せ、レミリア様」
「従属の印に、あなたに名前をあげるわ。十六夜咲夜、それがあなたの新しい名前よ」

レミリアのその声を聞いた私はその場で、意識を失った。