組織的な搾取や詐欺行為が広まる中で、戦争のような暴力で利益を得る人々がいます。そのような人々が社会を牛耳っております。利権が覇権となり、国家間の紛争となり、戦争に至ります。多数の人間が抑圧されます。この傾向は加速するばかりです。戦争か革命を経て止まるのかもしれません。

 

この歴史の法則が繰り返されないよう、人類の英知が試されるところですが、好転の兆しは見えません。なすべきことが出来なくなっています。やってはいけないことをどうしてもやってしまうのです。

 

テクノロジー犯罪被害者が身に染みて知っていることは、テクノロジーの発展が人の支配、抑圧に利用されることです。

 

権力が少数の人々に集中していきます。度々申し上げて来たとおり、人間の支配において、支配するものは支配される側に転落する契機をはらんでおります。貴族の精神は支配されるものの精神を先取りして支配を維持しますので、精神面でも支配される側に逆転する契機をはらんでいます(ヘーゲル)。

 

以前ホリエモンや成田氏の冷笑について述べさせていただきましたが、共通するテーマです。

 

他者の自由を奪うものは自由ではありえません。同様に他者の自由を尊重するものが自由であることができます(サルトル)。

 

私は、支配ー被支配の関係を乗り越えて、人のための人による社会が実現するよう願っています。

 

約80年前、戦争が終わり、人間の関係が、支配服従の関係から、自由な個人の責任における関係に進化するものと考えられていましたが、80年を経て再び戦前と同じように、特定のグループの富が蓄積し、人間の支配と被支配の関係性が強まっています。

 

私はテクノロジー犯罪の被害者の方々の中に、犯罪の背景に横たわる様々な社会問題を共有する動きがあることを知りました。

 

連携してデモを行ったり、ソーシャルメディアで発信する方々を知りました。

 

私も同じ思いですので、連帯いたします。