久米宏さんが亡くなった。


いかりや長介、志村けん、坂本龍一、西田敏行、すぎやまこういち、カッコいいなと思う生き方の先輩ほど、スンと居なくなっていく。


″面白き事もなき世を面白く″


様々な制限やコンパライアンスが狭める中、少年時代の僕を作ってくれたのはアナタですと頭を下げたい。


報道ステーションの最後、瓶ビールを空けて飲む久米さんは、本当に心が痺れた。


膵神経内分泌腫瘍になり、人生初の入院、人生初の大手術を経験して、死というものをリアルに考えるようになった。


「死」から、次は「時間」というものを考え、そこから「1日24時間」であることのサイクルを改めて考え、何をするべきか、何から始めるべきか、真剣に考えた。



病室の窓から視える夜の街や、朝日や、夕暮れや雨とか、窓のサッシが絵画の額縁となり、絶えず動く1日の絵画🖼️のようだった。



風を感じて、どこかからの匂いや、木々や花の香りなどを感じて散歩する時間も、幸せを感じた。



カッコいい人生の先輩が亡くなったという訃報は、やはり悲しい。


ヒトは死ぬ。勿論分かっている。

親も妻も家族も友人も、いつかは死ぬ。

勿論分かっている。


分かっているけども、悲しい、会いたい、切ないと思うのは、僕らの特権であり、その想いが数珠のように紬ぎ、その方は胸に残るのだ。