小学校2年生からお世話になっている きのくに子どもの村学園 かつやま子どもの村小中学校 この3月に次男が卒業する
21才になる長男が公立小学校3年生に転校し、壮絶な虐めにあって、次男はこの学校に隔離という感じで転入させた。感性を伸ばすにはこの学校しかない!って長男も中学は3年間学校に行かないことを決めて、動き出して、この学校のきのくに国際高等専修学校に行き、色々な事を学んだ。長男も最初からこの学校に入れることが出来たら良かったと出来ない過去を何度も何度も悔やんだりした。公立学校での虐めは想像もつかない内容だった。何故子ども達がそのような意識体になってしまうのか?そして、見て見ぬ振りをしていた学校の先生達組織に私は衝撃を受けた。あかん・・・人任せでは・・・と思った
私にとってこの学校にご縁を頂いたことは本当に自分自身を見直す時間を貰ったようなものだった。
信頼という言葉を試されたように感じる
長男が中学の卒業証書をもらいに行った帰り「かあさん、どうして、公立の先生達は頑張れ頑張れって言うんだ?俺は精一杯生きる事に頑張ってるぞ?そんな人間にこれ以上頑張れって言ったって苦しいだけなのに・・・きのくにの大人達は逆、がんばらんでいいぞ~って言ってくれた。俺はそれが嬉しかった」そう言った。頑張ったってどうにもならないことはある 私自身もそう思う。
一番自分自身が自分にこんなんじゃあかんやろ!頑張れ!ってどうして頑張れない!っきつくあったっているのに、守って欲しい人から 頑張れって言われたらしんどい 私自身もそうだ
次男もまた、兄の進んだ きのくに国際高等選手学校にこの春から通う 通うといっても今度は一ヶ月に一回しか帰ってこない。本人が長期滞在を望んだ・・・毎週帰ってこないんだ・・・ととても寂しい
でも、彼の選んだ道それを応援したいと思う
この学校に進んだ子ども達はほんとうに魂の輝きをみつけて生きていると感じている
自己肯定感をしっかりと持ち、腹から来る生きるというわき上がる物をゲットして、我として生きている
小学校転入するときの面接で、もうおやめになった大人だが、その頃の大人に言われたことがある。
親だからと言って子どもに思いを擦り込む権利は無いと言うこと。彼らは自由なんだということ。そんな内容のことを言われたように覚えている。
息子達の方がよほど親離れをしていると、高専資料を書き込みながら寂しさを感じている自分に苦笑している。