みなさまこんばんわ
生きれば生きるほどに
人生のカラクリがわかる
幸せを奏でる音使いNayuraです
ふっと跡形もなく消えたい
わたしなんていなくてもいい
小さい時から
ずっと思っていたことだ
死ぬのは
周りが悲しむので
居なくなっても
誰も悲しまないように
もともと
ここに存在しなかったように
消えたい
こんなことを
生まれてこの方
ずっと思っていて
口にこそ出さなかったけど
そんなエネルギーを
醸し出していたので
両親はひょっとしたら
自分たちのせいかもと
気に病んだこともあると思う
とんだとばっちりだ(苦笑)
死にはしないけども
一生治らない膠原病という病気を
自分に課したのも
きっとそういうことだった
というようなことで
なんだかわからない
出所不明の
罪悪感をもって
生まれてきて
それゆえに
無価値感と
孤独感に
さいなまれて
いつも同じ感情を繰り返して
ますます
罪悪感と無価値感と孤独感を
深めていく
でもね
あるとき
(というか昨日の話)
気が付いた
私の言った言葉に
怒りと不快感で返されて
かなりショックで
喧嘩でもなく
普通の会話の中での
単なる一コマで
相手からしたら
そう大したことではない
でも
私の中では
とんでもなくおおごとで
その後はご飯ものども通らず
なにかをする気力もなく
ただただ
死んでしまいたい
とまで思った
嫌われた(と感じた)のも
ショックだったけど
なにより
傷つけてしまった(と感じた)のが
ショックだった
感情的にどん底まで
落ちたけども
そのあと気付いた
同じ「感情」を
繰り返していることに
反応する出来事は
違うけども
感じているところは
全く一緒だということ
あの時の絶望感
「傷つけてしまった」
と思われる出来事を
目の前で体験したとき
過去の感情が
再び噴き出している
目の前に
起こっている出来事は
全く別のものであるのに…
確かに
あの時
死にたいほどの
出来事は起こった
真っ先に自分が死ぬべきだった
出来事は起こった
でもそれは今ではない
そして今は
あの時ではなく
あの場所でもなく
あの環境でもなく
わたしは
あの時の「わたし」ではない
そう腑に落ちたとき
前を向いて
進めるような気がした
たわいのない日常の
ちょっと悲しかった
でもとても不幸な出来事が
とんでもない罪深い闇の部分を
さっぱり取り去ってくれた
でも
それには
人生の中で
何個も伏線があって
すべての出来事が
起こらなければ
きっとこの解放はない
病気も悲しい別れも
辛い出来事も報われない日々も
一見不幸な出来事であっても
何一つ無駄なものはない
どころか
すべてこの流れが完璧だった
だから
これでいいのだ
今日も読んで下さり
ありがとう
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