コンサートピアニストではないので、例えば今年もシューベルトの「魔王」を弾かねばならないのだが、ああいうのは技術以前に備わるべきところに筋肉が備わっていれば、難しい伴奏ではないのだ。しかし日夜ピアニストとして必要な筋肉のウォーミングアップを欠いている身にとって、あれを一回通すだけで筋肉硬直が起こり、エアーサロンパスの出番となる。そのまま無理して数回弾こうものなら、筋肉がさらに熱を帯び、しまいには腱鞘炎になるであろう。 なのでコンサート1週間前までの練習では「魔王」は一日一回で充分、1週間を切ると一日2回程度に増やしでゆく。 そうしないと本番で最小限必要な筋肉と、それが何かの理由で脱落した際の予備の筋肉が生成されないのである。思えば一小節に四分の四で三連符が12回、それを右手は終始弾き続けねばならない。しかも大部分はオクターブの同音連打。 ピアノが最も苦手とする同音連打を執拗なまでに書き連ね、なんともシューベルトは罪な曲を残したものだが、曲のイメージは斬新であるし、演奏効果的に見ても、ほかの代替手段ではまったく機能しないことを考える時、この天才に敬意を表さざるを得ないため、渋々弾くしかないのである。 ピアニストでこの伴奏を自分で弾くのが好きだという人はまあいないだろうし、聞いたこともないが、歴史に残る名曲はそんな不平不満の遥かに上を行くので、屈服させられている現状があるのだ。