脳死移植を受けた方の出産 | そうちゃん日記 

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聡太郎は生後10ヶ月で拡張型心筋症と突然診断されました。
海外での心臓移植手術を目指した日々。しかし、移植手術を受ける事は出来ませんでした。
経験しなければ伝えられないことがあることを感じ、聡太郎の残した何かを伝えられたらと思います。

脳死移植の女性が出産 40代、経過は順調 国内初

産経新聞  10月14日(木)7時57分配信


大阪大付属病院(大阪府吹田市)は13日、脳死からの膵臓(すいぞう)と腎臓の同時移植を受けた大阪府内の40代の女性が、男児を出産した、と発表した。国内の臓器移植後の出産は生体肝移植後は数例あるが、同病院によると、脳死下では初。母子ともに経過は順調という。

 記者会見した同病院の伊藤寿記(としのり)教授(消化器外科)らによると、女性は1型糖尿病による合併症のため、平成19年に同病院で脳死からの臓器提供手術を受けた。女性はその後、出産を強く希望し、移植後に必要な免疫抑制剤という薬も妊婦への副作用が少ない種類に変更。昨年秋には一度流産したものの、今回の2度目の妊娠は順調に推移し、妊娠38週の13日夕、帝王切開で2882グラムの男児を出産した。

 女性は「臓器提供者の方やご家族に感謝している。移植医療がなければ、新しい生命は生まれなかった」とうれしそうに語ったという。約1週間後に退院する予定。

 膵臓と腎臓の同時移植後の出産は世界で約80例ある。妊娠が進むと臓器が圧迫されるなどのリスクがあるが、女性は移植後の臓器の状態が非常に良好だったことから、無事に出産できたという。

毎日新聞

読売新聞




きっと、ドナーファミリの方々にとっては、一般の方々と違った感慨深いニュースなのでは…。

もちろん、移植を受けられた他の女性にとっても…。


そして、何よりもご本人が今まで過ごした日々の出産に対する想いや、試行錯誤してきたであろう日々は、一言では表現できないものだったのではないかと思います。

また、その気持ちを理解し支えてきた医療の現場の方々にとっても同じではないかと思います。


体験した自分の気持ちから思うのですが、私は聡太郎が亡くなったときに、親のエゴと言われるかも知れませんが、聡太郎の心停止後に臓器提供をすることででも聡太郎に生きて欲しいと願いました。

それは、子どもの心停止という状況での「死」を受け入れた先にある、次のステップだったと思います。

全て亡くなってしまうのなら、本当に最後の唯一の生きる方法としての提供…。

そこに至るには、私たち夫婦の価値観や過ごしてきた時間、医療との信頼関係など様々な要因が作用して出された結果だったと思うので、やはり同じようにお子さんを亡くすという経験をされていても、出される答えは異なって当然だと思います。


もし聡太郎の臓器提供ができていたら…という仮定の話になりますが、私は、今回の出産のニュースはもっと嬉しかったと思うのです。私が聡太郎に生きていて欲しいと願った最後の形が、次の生命に繋がってくれること。そういった可能性が示されたこと。


ただ、私自身は子どもの脳死を親として経験していませんから、脳死と心停止での死への感情が一致するかどうかは分かりません。しかし、脳死が「死」として理解なり、受容なりできた場合には、同じような感情に至りうることは十分にあるのだと思います。また、その逆も然りです。


そして、臓器提供を家族が望まない場合、脳死を死だと思っても、脳死を死だと思えなくても、医療の現場で脳死が死と認められることありません。

臓器の移植に関する法律  最終改正:平成二一年七月一七日法律第八三号 第6条3項参照)

法改正が可決された時、多くのマスコミで脳死は一律に人の死として決まったように報道されましたが、その後、表現が変化しているそうです。それは、現在の日本の法律では臓器の移植に関する法律でしか脳死を認めていないからです。

なので、提供したくない本人や家族の意思を無視して脳死だからと治療が中断されることはありませんし、人の死として一律に扱われることもないということ。ただ、治療方針として、どのような選択をして医療を受けていくかは家族に委ねられることになります。


この先、とても長い記事になってしまったので、別記事にして更新しようと思います。
今日(10/14)から始まったドラマ「医龍」を見た刺激があって、長くなったみたいです・・・。