自然ってなんでこんなに気持ちがいいんだ?


山って空気が美味しいし、清々しい。

海ってなんだか落ち着く。

嫌な事すら忘れてしまう。そんな場所な感じがします。


「なんでこんなに気持ちいいんだろぉ。」

そんな時に現れました。


ピッカーーーン!

宇宙さんです。

「そこに気づいてくれてありがとう」

「ありがとうございます!宇宙さん、どうしてですか?」


宇宙さんが舞い降りてくるのが当たり前になってきた私は宇宙さんが出てくるのに慣れてきています。


「それはねぇ…
    ありのまま。だからだよ。」


「ありのまま、、ですか。。」


「山や森の木にも魂があってね、もちろん海も」

「ほうほう。」


「自我ってのが無いのよ、だから落ち着くし、最高に気持ちいいんだ」


「つ、つまり……どうゆう事ですか?」


「わかりやすく言うとね、
地震や嵐が来ても海や木は「逃げる」ということはしないよね?」

「はい、逃げれません。」


「木で例えたらさ、
地震や嵐が来ても、ずっと立ってるんだよ。文句も言わず、むしろその地震や嵐の自然に逆らわず、立ってるんだよ」


あっ、そうゆう事か。



同じ、魂が宿る者として人は自我がある。

「自我がある我々から見たら気持ちがいい」

みたいです。

確かに、我々は地震や嵐が来たら避難している。



宇宙さんがこう言いました。

「君はありのままに生きてるの?」


私はなんだか、心がチクっとしたような気がしました。


その時、私は人との接し方に悩んでいたのです。

どうすれば、自分が言いたい事を伝えれるか。

どうすれば、自分の思い通りになるか。

どうすれば、どうすれば、どうすれば。




間違えていました。



私は全然、「自然」に生きて無かった。

だから私は

「ありのままで自然な自分で生きていこう!考えなくていい!
自分のワクワクする事をしていこう!そうして、
山、海のように「人」になろう」

と思い始めました。



あるがままにありのままに。
全ての人、自然、物に感謝していこう。





そう感じてから
人との接し方が「自然にコミュケーションがとれた」ような気がします。

そしてまた宇宙さんが


「あっ、ちなみに、
海や山や川や木も全部自分だからね。」

「はい!ありがとうございます!」


なるほどぉ、全部自分だからね。
だから「自我が無い自然の自分」を見ると気持ちがいいのか。

自我が無い自分が存在してくれたんだね。

ありがとう。

だから
自然って気持ちいいんだ!