7月最終週の木曜正午。練馬から関越に乗り、月夜野で降りて三国トンネルを抜け、浅貝の街並みを眺めるうち、山肌には前夜からの待機組が張り始めたテントが見えてくる。(アクトの最中を除けば) Fujirock、前夜祭~撤収までの5日間のうち最も興奮する瞬間…なのだけれど、開催まで5か月を切った2024年2月、自分が感じているのは「あと何年あの風景を眺めることができるだろうか」という漠とした不安だ。2015年の第1弾発表時や、コロナ禍における3年間、つまりは2020年の「延期」、2021年の国内組開催、2022年の不入りなど危うい局面は数多あったけれど、今回ほど「祭りの終わり」を感じていることはない。運用型広告でFujirockが表示される回数が多いだけで「売れてないんだろうか」と心配するぐらいには私の精神も傷んでいる。
今が一番危ない、と思う理由は大きく2つある。
理由のひとつめは世界的な物価高騰を受け、著名な海外アクトの「1都市複数開催」がいよいよ顕著になってきたこと。日本でも昨年来、ヘッドライナー級ではRHCP(2公演)、Coldplay(2公演)、Bruno Mars(7公演!)、Taylor Swift(4公演)がドームで複数公演を開催しており、一回り小さいアリーナクラスでもBjork(4公演)、Noel Gallagher‘s HFB(2公演)、Maneskin(4公演)が複数公演を開催している。燃料費や資材費の高騰に伴って開催費用を抑制し収益を最大化せざるを得ない、という事情もあろうが、Live Nationはじめ「えげつない」稼ぎ方を指向するプロモーターもしくはエージェントによって、こういう興行形態がより蔓延っているように見える。
結果、券売が見込める著名アクトは、単独公演の開催を前提としない(≒できない)フェスのヘッドライナーを引き受けにくくなったのではないだろうか。サマソニは東阪テレコで2日開催だからまだいいが、Fujirockの場合、ヘッドライナーは1回公演するために「わざわざ」日本に来なければならない。とはいえ、招聘しやすいようにと単独開催を許容したらどうなるか。今年で言えば金曜ヘッドライナーのクラフトワークが日曜日に有明アリーナで単独やるとなったら…みんな苗場に来ないでしょ。友好関係にあるという韓国に加え、インドネシアやベトナムといった近隣国のプロモーターと手を携えてほしいところだけど、Creativemanに比べてSMASHはこのあたり余り得意ではないように思われる。違ったらごめんなさい。
かてて加えて、政府・日銀の無策が引き起こす異常な円安によって実質さらなるコスト増がのしかかっている。このところ、SMASH招聘のアリーナクラス公演はほぼほぼ満員が続いてはいますが、出銭が桁違いのFujirockが失敗すれば…SMASH大丈夫か、と心配にならざるを得ないわけです。
余談だけど、RHCPはプロモーターが変わったとたん2年連続の来日が、しかも昨年比格段に安いチケット代で開催されることが決まったと報じられました。極度な効率化に拘らないエージェント・プロモーターがいらっしゃることは、少なからず救いであると思う。金のない時期だったけど、私もチケット買いましたよ。
閑話休題。
今が一番危ない、と思う理由のふたつめは、Fujirockというフェスの特性が日本、というか日本人に合っているか、初回から30年近く経過してもなお疑問である、ということ。日高さんの過去発言を拾っていくと、Fujirockは不便を楽しむところであり、日本人的な(皆が盆暮れ等同じ時期に取得する)休暇のあり方を変えてくるところである、ということになる。コロナ禍で仕立てられたように出現した「キャンプブーム」なるものが予想通り急速に萎んだことや、休日の分散取得が一向に進まず連休ごとに高速道路が渋滞する様を見ていると、キャンパーであれば満足に風呂にも漬かれない、悪くすると大雨や強風、落雷に肝を冷やす、そんな環境に4泊5日もとどまろうとする日本人はなかなか稀有な存在なのかもしれない。
逆説的な言い方をすると、私がFujirockに行き続けているのは、こうした「短所」が自分には魅力であるからだ。苗場特有のハードルの高さ(時に苛烈な自然環境、交通手段・宿泊場所確保の困難さ)は、前夜祭と復路含め5日間、憂き世を遮断するためには最高の条件だ。日高さんは「不便を楽しめ」と言ったが、不便であればこそ憂き世との距離も生まれる。5日間、よほどの緊急事態でなければ社電にも出ないしメールも返さない。10年以上「連絡がつくと思わないで」と宣言し続けているので、会社も半ば諦めている。開催直前の、就中水曜日昼ぐらいからの空気、「あれを買い忘れた」「前夜祭連れとどこで落ち合うか」「出発まで3時間しかないのに寝れない」…小学校の修学旅行前夜みたいな高揚感は、「月曜まで仕事気にせんでいい」という「断捨離」が成立してこそ味わえるもの。そして、残念なことだがこういう断捨離を許容する企業も、試みてみようという気質の人間も、日本においてはおそらく少数派なのだろう。
以上ふたつが、私が「祭りの終わり」を心配する主な理由だ。冒頭にも書いたけど、実際にはコロナ前から予感はあった。2014年(特にDay1)の記録的な不入りとか、それを受けてオレンジコートが閉鎖され、かつグリーンのスロットが7から5に削減された2015年とか。しかし現在は、つらつら書いてきた通り、フェスを取り巻く環境は2010年代とは比べ物にならないぐらい厳しい。
サマソニが完全ソールドアウトでコロナ禍前の活況を取り戻した2023年、Fujirockの有料来場者数は96,000人(Day①29,000人、Day②38,000人、Day③29,000人)だった。
Foosが感動的な苗場帰還を果たした土曜日こそ満員に近い状態となったが、金曜・日曜はここから1万人少ない。1日券換算だと1万人×2万円=2億円×2日=4億円相当のお客さんを取り逃がしたことになる。もちろんヘッドライナーだけで客が動くことはないけれど、初日にThe Strokes、3日目はLizzoと当代きってのトップアクトを並べても満員にならないことはショックだったし、他の国内フェスがほぼほぼコロナ前の活況を取り戻していたにもかかわらず、何で苗場に人が来ないのだろう、と改めて考える端緒になった。極論すると、これまで述べたような要因が複雑に絡み合って「不便な苗場にあえて足を向ける必要はない」、という判断を下されつつあるのではないか、というのが不安の核心だ。
おそらくそこはSMASHも心を砕いていらっしゃるところで、客の高齢化が指摘される(というか私含めて実際そうなんだけど)Fujirockに若い観客を呼び込もう、観客の世代交代を進めようと結構な努力をしてはいる。SIA、HALSY、LIZZOとフル開催では3年連続で今までありえなかったヘッドライナーを並べているのがその象徴。K-POPとは距離を置いてきたが、それでも昨年はバーミンの招聘に成功してもいる。邦楽も、苗場と親和性の高いカネコアヤノや羊文学はもちろん、VaundyやSuper Beaverにも声を掛けている。4泊5日が修行みたいにならないよう、VIPチケットの導入やらアクセスの改善にも取り組んではいる。こうした取り組みが、お若いお客様に届いて、来場者の増加及び世代交代が進んでほしいと願っています。心から。
Fujirock2024、生命線であるラインナップの第1弾は下記の通り。
<ヘッドライナー>KRAFTWERK <緑トリ前or白トリ>GIRL IN RED、TURNSTILE
<緑トリ前々or白トリ前orヘブントリor赤トリ>FLOATING POINTS、RIDE、YUSSEF DAYES
<その他>ANGIE McMAHON、CHRISTONE “KINGFISH” INGRAM、ERIKA DE CASIER、EYEDRESS、FONTAINES D.C.、HIROKO YAMAMURA、THE LAST DINNER PARTY、NO PARTY FOR CAO DONG、NOTD、RUFUS WAINWRIGHT、YIN YIN
地味ではあるが、すごく良いラインナップだと思う。
去年の単独が素晴らしかったGirl in Red、待望のFLOATING POINTS、安定のRIDE、今月の単独がぶっちぎりですごかったYUSSEF DAYESまでが3列目。ERIKA DE CASIER、FONTAINES D.C.、THE LAST DINNER PARTYと海外フェスで引っ張りだこの才気走ったアクトも多数。未聴組ではYIN YINやNO PARTY FOR CAO DONGも素晴らしく、苗場らしいアクトが並んでいる。
ただ、繰り返しになり恐縮ですが、やはり地味ではある。2月9日午前11時50分、渋谷MODI前に集った私どもの雰囲気は正直微妙というか戸惑いに満ちていた。結構な頻度で来日しているKRAFTWERKで客が苗場に来るのか。お若い方で洋楽への興味がない方は、1組も知らないんじゃないか――等々。下手をしたら、今年が最終回になってしまうんじゃないかという懸念は、消えないどころかますます強くなっている。
邦楽聞きたきゃ星の数ほどイベントはあるし、東阪限定だが洋楽聞きたきゃサマソニ行けばそれなりのメンツを見ることができる。今まで来たことがない方にも「絶対に苗場に行かなきゃ」と思わせる第2弾が、明日正午に発表されることを切に願っています。