病は未来を奪っしまいます.

『何かの間違いじゃないですか?』

あまりに残酷な現実に,事実を受け入れられないのです.

エレーナちゃんの話を見て思い出しました.

『どうして私が?』

なぜ病は私を選んだのか?生活習慣病でなければ自己責任のレベルをはるかに越えています.

病が深刻であればある程,不確定な未来に押し潰されそうになります.治る保証は無いのですから.命の期限が鮮明に私を追い詰めていくのです.この恐怖は計り知れません.

治る見込みが薄いのに,さらに命を削る苦しい治療….

どうせなら,血も涙も無い鬼畜に,どうしてこの苦しみを与えないのか?

そうやって神に盾突いたこともありました.

深刻な病を抱えていれば,僅かな可能性にも縋り付きます.何の確証もない奇跡であろうともね.

僅かな奇跡にも全てを賭けるのです.例え無力だと分かっていてもね.

本当に命はかけがえのない大切なものです.生きたくても生きられない人の分も我々が生きているのですから.自ら命を絶つのは,彼らを冒涜するようなもんです.

生きるとは辛いことです.でも,辛いて感じることが生きている証なのです.

病は残酷です.健康な人の知らない悲劇がそこにあるのです.


本人と家族の苦しみは壮絶なものです.


生きた証と生きてる証,それは人と人の魂を繋ぐ希望の光なのかもしれません.