六本木で開かれるエヴァ博に向けて、しばらくのあいだ僕はエヴァンゲリオンばかりを見直していた。

それと、先日ようやく試験が終わった。

その二つが重なって、ようやく今期のアニメに手を伸ばすだけの、まとまった余白が生活の中に戻ってきた。

 

今期は神作画が多く、いわゆる豊作らしい。

選択肢が多すぎると、人はかえって立ち止まる。

さて何を観ようかと、リストを眺めていたとき、「シャンピニオンの魔女」という少し奇妙で、湿った響きの言葉が目に入った。

巷で騒がれている話題作ではなく、ほとんど噂にもなっていないその作品を、僕はなんとなく選んだ。

 

観てみて、すぐに思った。

ああ、これは昔の「THE 少女漫画」だ、と。

理由はうまく説明できないけれど、身体の奥のどこかが、安心する感じがした。

CCさくらと同じくらいの対象年齢だろうし、深夜ではなく、昼間に流して、家族で観るのがちょうどいい。

そういう温度の作品だった。

 

キャラクターデザインも、まさに少女漫画的で、線はシャープで、どこか頼りないほど細い。

その脆さが、とても良かった。

声優陣も妙に豪華で、牛はキュゥべえが喋っているように聞こえ、羊はリムル様が喋っているように聞こえた。

もちろん、それは僕の耳の問題だ。

 

最近、ほとんど見かけなくなったジャンルだと思う。

だからこそ、少しだけ懐かしく、少しだけ貴重に感じられた。

 

この作品の雰囲気を、無理やり一枚の絵にたとえるなら、フラ・アンジェリコだと思う。

みんな印象派が好きだし、僕自身も一番よく観ている。

でも、ふとした拍子に、フラ・アンジェリコを見たくなる瞬間がある。

その感覚に、とても近かった。

 

第三話で、シャンピニオンの魔女の生い立ちが語られる。

そして、かつての彼女と同じ「原罪」を背負わされた素性の呪いの仔と出会う。

ループものではない。

けれど、これまでの半生を静かに振り返る構造になっていて、ある意味では、人生そのものがループしているようにも見えた。

 

先日、アニメのイベントで池袋に行った。

アニメショップの入口で、シャンピニオンの魔女の大きなポスターを見つけた。

少し離れた場所には、同じ作者の『学園アリス』のポスターも貼られていた。

世界は、思ったより狭い。

 

 

来月は、いよいよまどマギが来る。フリーレン、ガンダム、ボトムズもみんな魔女ばかりだ。

しばらくのあいだ、僕は魔女に囲まれて暮らすことになるだろう。

それは悪くない予感だった。