ショートノベルvol.18「始まりと終極の、夏」 | DONT TRUST OVER FIFTEEN

ショートノベルvol.18「始まりと終極の、夏」

加持アキラが住んでいるマンションは、一人で住むには広すぎた。


2LDKもあり、加えて言えば最上階なのだった。


両親が成人のお祝いに買い与えてくれたものだが、


アキラにしてみれば巨大なお世話以外の何者でも無かった。


加持の両親は「双坂人工進化研究所」に勤めていて、

経済状態は一般のステータスを遥かに凌ぐものであり、それが常だった。


昔は周囲の友達と、ゲームソフトなど高価な品をどのくらい持っているか

話題にして、ささやかな優越感にも浸れたものだが、しかし成長するに

従って家の経済状態の周りの子らとの差異は、ねたみに繋がり、

軽い嫉妬の念を膨らませ、やがていじめと言う形として表れた。


けれどもこの逆境は、貧弱だった加持の精神と体を鍛える結果になった。


貧弱とはつまり、形容する言葉が「モヤシ」だと誰もが断言するような

ひょろひょろした体格の持ち主だと、こういうことを指す。


例えばファミマのコンビニ袋。風が吹けば飛ぶところがそっくりだ。


でも、コンビニ袋だったアキラがボクサーの如き屈強な精神と肉体を

形成するに至ったのは、間違いなくこのいじめられっこの時代があってだ。


ある日、アキラが兄の部屋で無理やり有害図書を見せられていたとき、

兄、加持イズルは突然指をパチーンと鳴らした。

そして顔を真っ赤にしているアキラの右手をつかんでずるずる引きずった。


「なにすんの兄ちゃん」とアキラが突然の事態に困惑すると、イズルは一言。


「ボクシングジムに行くぞ!」


イズルはたまに脈絡も前触れも突拍子も無い行動に出ることがあるが、

この時は、否、このときに限っては少なからず考えがあってのボクササイズだった。


アキラがモヤシで牛乳も飲めないで何時でもマユゲがへの字なことを、

イズルはそれなりに気にしていたらしい。

それは別に兄弟だからとかの美しき友情からの衝動とは残念ながら異なり、

ただイズル自身が単純に、「弱っちそうなヤツ」が視界にいるのが嫌だったからだ。


それからイズルがアキラを、最終兵器俺よろしく鍛え上げるのはあっという間だった。


2ヵ月後には、いじめる側といじめられる側の立場は完全に逆転しており、

文字通りアキラは5年2組の覇王に君臨し、その立場を揺ぎ無いものにしていた。


まぁ、その勢力の理由は暴力と脅迫と、加持兄からの圧力によるものなのだが。


5年2組の夏から、加持アキラは生まれ変わった。

あるいはその潜在的能力の使い道を見つけた。


その勢力図は、中学高校と変わることは決して無く、一度として揺さぶられなかった。


そして現在、19歳の誕生日を三ヵ月後に控えたアキラは東京にいた。


もう大学生である。大学生といえば一人暮らしである。


そしてもちろん、めくるめくドラマの様な恋の到来である。


今のところそういった予兆は無いが、まぁ気長にやろう。


加持アキラがあれこれ妄想を膨らましていると、不意に携帯が鳴った。


双坂だ。


「よ、アキラ。生きてるか~?」


「うるせぇバカ。電話してくんじゃねぇよ」


5分ほど会話した後、アキラの方から通話を止めた。


そして、出来るだけ素早く着替えると、車のキーを持って飛び出るように家を出た。


結果論だが、アキラはこのとき双坂の誘いに乗るべきでは無かった。


もしそうしていたなら、アキラはもう少しマシな人生を過ごせたはずだ。