お茶会や稽古場で、席主や先生の茶道具を傷つけた時、あなたはどのように対応されますか?

お茶会に使われる道具は、何十万円から何百万円の道具があり、あなたも手にすることがあるでしょう・・

その折に粗相して、焼き物を割ってしまったり、塗り物に傷をつけてしまった時、あなたの対応は・・?

何千円なら弁償は可能、何万円でも可能かな、何十万円でも無理すれば可能かな・・・

でも、何百万円の道具でも弁償されますか?

 

私も人様の茶会に出席し、使われていた皮付きの松の木の茶杓の扱いに丁寧さを欠き、松の皮の一かけらが指先についてきたことがありました。皮付きの茶杓は、その場で謝り席主の先生が再度皮を張りますとの事でした。

また、茶杓の筒を雑に扱って筒に書かれた銘を滲ましてしまったこと(この茶杓は祖母の茶杓でした。)

その折は黙っていましたが(祖母は筒の滲みには気がついていたようでした、でも誰のしたことかは?)ーやはり自分の粗相を隠すのは後ろめたく、帰宅後、祖母に私が汚したと詫びの手紙を送りました・・・祖母はあんただったのか、と言ったのみでした.

茶事の手伝いの折にも、不精して脚付きの丸盆(宗哲クラスの作かな?)を動かす折、足の一部を欠いてしまいました。即、詫びに行きましたが、その先生はうなづき何もおっしゃいませんでした。

 

いまだに後悔していることは、箱に入った萩焼の稽古道具をぞんざいに扱い、落としてしまい箱の中の萩茶碗が粉々に・・・

値段ではなく道具を軽々しく扱いすぎたことに対して、未だに反省し、以後はたとえ稽古道具でも扱いには気をつけております

 

私の反省はこんなところかな・・・

では、傷つけられた場合は、

最初は献茶の席を担当した折、家元が来られる一席前の水屋で、弘入の茶碗を拭いていて弟子が力を入れすぎて、親指位の大きさの割れを作りました。即、代わりの主茶碗を自宅まで取りに帰りましたが、家元のお席には間に合わず・・・

割った本人は悔やみ悩むばかりだったことでしょう・・

その日の夜はその方に妻に電話を入れさせ、気になさらないようにと伝えさせました。

一番気にかけたことは、稽古を辞めてしまわれること。

辞めてしまったら、その方は、私の茶碗を割るために今まで茶道を続けたことになってしまうと感じました。

でも、ずーと稽古は続けてくれました。

勿論、私も弁償も修理代も求めるという思いも抱きませんでした。

しかし、正直私は割れた弘入の茶碗を3年間は箱から出せず見る気力もなく、3年目にやっと共継をすることが出来ました。


二つ目に、また弘入の赤を求めに応じて貸した折、修理不能な状態で戻って来ました。貸してほしいと希望した人と、割った本人が共に謝罪に来てくれました。

この時の思いとしては、割れたのは所詮は単なる茶碗だと・・・でも、再度開けて見る気力は未だありません。

この二つの弘入は祖母が残してくれた即中斎箱書のある楽茶碗でした。「おばあさん、ご免なさいね。」私が謝りました。

 

また、貸してほしいと頼まれてお貸しした塗りの品に傷が入り、これも私自身で修理に出しました。

 

人様の道具を傷つければ、一体どうすれば良いのでしょうね

まずは、正直に謝ること

次に、どうさせて貰えば良いかを先方にお尋ねすること

(故意にキヅつけられたならば私でも同等の品を請求します。購入した折の代金ではなく)

修理代で済めば御の字ですが

同等の品を要求したり、お金を求めたりされるのは・・・・?

車などの場合は修理などは保険もあり当然のことですが

茶道具の場合も、人様の道具を傷つけたりした場合の保険はあるようです。

私も、自分の道具に保険を掛けようとしましたが、一品一品の保険料と知り、諦めました

茶道具も所詮は単なる器物等にすぎません、気を付けて扱い傷んだとしても弁償代金のために、その方の生活まで狂わせることは如何なものでしょうか・・・?

そうした扱いをしないためにも、日頃の稽古でも道具の扱い方には気を抜かずしっかりと稽古に励みたいものですね。

最後に一言

道具は使ってこそ生きるものですが、私とて使用する機会については注意は払っております。

特定のお客様をお招きするお茶事には使うことがあっても、不特定多数の方々が入られ初心者の方もおられる茶会には使用を控えている道具もありますし、点前を私だけに限定している道具もあります。

それは、私にのみ所以があったり、また、同等の物が求めにくい道具についてはそのような扱いをしております。

茶道具は大切ですが、亭主が客へ美味しいお茶を心を込めて差し上げる一つの手段であり、道具がメインではありません。。


 

 

 

 

 

私が表千家の茶道を学び始めたのは神戸のお寺で指導していた祖母の下で高校1年生からです。

当時、私は両親・弟と八尾に住んでおり、学校が終われば帰宅後すぐに飛び出し、まず、神戸で英会話、次にピアノのレッスン(英会話もピアノも落第生でした)その後祖母の下へ向かい、茶道の稽古に励みました。茶道の稽古は、私は夕方から片付けが終わる夜の9時までしていました。

日帰りする事もありましたが、祖母の家に泊まり、翌日茶会があれば参加したり、祖母の研究会があれば見学してから帰宅していました。

今も覚えているのは、月曜日の高校の授業中「土曜日が待ち遠しくて・・・つらい」と思った事です。

大学へ進むより、茶道の修行を希望して両親とは散々もめましたが、結局大学は1年浪人後、関西学院大学へ進みました。(関西学院大学は茶道部が表千家であったこと、また、後に知ることとなりましたが茶道史にも造詣が深い先生がいらしたことが幸いでした)

 

卒業後は、両親も諦めており、茶道の道へすすむこととなるはずでしたが、尊敬する先生の諌言により仕事は持った上、茶道に励みました。(就職活動が遅れましたが、年が明けて試験があった某市の試験を受ける機会を得ました。

試験問題は一般教養はそれなりに出来ましたが、文学部卒の私には経済と法学はちんぷんかんぷんでしたが、五者択一試験、適当に選び、諦めて一番に退席しました。でも、何故か筆記試験合格・・・。次は面接、質問ー市役所の組織は?→税務部しか出てきませんでした。次の質問は、なぜ公務員を選んだのですか?→茶道を学んでいるので、公務員は休みを取りやすいと思って受けました。(考えてみれば、何とも正直過ぎる答でしたね。)面接官には叱られました。

しかし、最終的には合格し、税務部に配属されました。

 

茶道を学ぶ環境には、恵まれました。祖母の下で学び、大学2回生からは祖母が所属する研究会(清水宗匠がご指導されていました)に入らせて頂き、大学3回生からはお家元の稽古場で稽古をさせて頂くことになりました。

祖母の茶友には、著名な先生方も多く、茶事にもご案内頂いたり、また、私の催す茶事にもお運びいただくなど、当時はお茶を楽しめる機会が多々ありました。


現在の広間と小間を備えた自宅は、父の助けがあり建築し、平成元年ごろから住んでおります。

税務部時代は、予測通り年間の休暇も、夏休みも完全に消化して、余暇はすべて茶道に裂きました

でも、この時期思わぬストレスに悩まされ(医者は茶道のやりすぎと・・・。10屯しか積めない船に20屯積めばどうなるかです・・と)、その悩み(病気)から抜け出すために、いったいどれだけの期間が必要だったか・・・?茶道をやめれば回復は早かったでしょうが。

 

次に望まれて移動させられた部署では、月の残業時間は100~150時間以上、日曜出勤は常態化・・・

茶道三昧の生活から離れる時期となりました。

このことが、茶道のストレスから解放される一助となったかもしれません。
市役所人生では、思わぬ入所、その後特別職まで抜擢され、退職後は第3セクターに再就職(国なら天下りで収入増ですが、わが市では年収は1/4~1/5かな)妻曰く、我が家のバブルは1年で崩壊しました。

 

今は又茶道三昧の生活とは言え、望みもしない役割を担当することも多くなり、思わぬストレスも抱える事になっています。


そろそろ私の茶道の終活の時期でもあるのでしょうか。

家族も私の事を気にかけてか、公の茶道活動の残りの期間を決めたらと助言してくれました。

丁度大阪万博までの日数のカウントダウンが始まり、それに照準を合わせる事にしました。

孫に残り1000日の日めくりカードを一枚3円で計3000円で依頼しました(孫は小学5年生)

 

これからの茶道の終活では

・私が茶道を学ぶ上でご支援いただいた方々へのご奉公(恩返し)として、知識や環境を次の世代に引き継いでもらうこと。

・私のもとで学んだ稽古人が引き続き同じ稽古場等で学び続けることが出来ること。

・茶会や茶事を望む方々には、その場の提供を支援すること。
・現在の稽古場、自宅と外部5か所が変わりなく継続できること。

・各種の道具が分散することなく、継続して利用できること。

・お客さまにも喜んで頂ける茶会を催すこと。

・新たに茶道を学んでみたいと思っている方には、敷居の低い場を提供すること。

 

以上のようなことを、これからの私の茶道目標とし、計画・実現をして、楽しく過ごせるお茶だけをしていきたいと願っております。









 

 



 

 

どんな目的で茶道を学ぶのか?私は、以下のごとく考えております。

 

・毎年1度だけ3時間の茶道講座をある大学から依頼され、弟子一人の助けを得て担当しております。

・茶道講座以外にも、座禅とヨガの講座も依頼されており、共通する精神性をテーマとされているのでしようか。

 

・私は必ず講義の中で、「ありがとう」という言葉に、あなたの感謝の気持ちを載せて伝えることが出来ているなら、茶道をあえて学ぶ必要はありませんよ、と申しております。

・茶道の点前は、お客様に一服の美味しいお茶を差し上げるために、炭で湯を沸かし湯相の整ったところで茶碗も温め清めてから抹茶を茶碗に茶杓で適量分いれて、柄杓で湯を注ぎ茶筅でお茶を点てて、お客様に差し上げます。

・正に、お客様に美味しいお茶を差し上げたいと思う気持ちをどうすれば伝えられるかを学ぶのが、茶道の稽古だと思っております。

・お茶を頂くお客さまも、点ててもらった亭主(お茶を点てた人)の心配りを読み取り、一服のお茶を味わうことが求められます。この瞬間に亭主と客が心を通じ合うこととなります。(私がお世話になった先生は、「喜びを交わす」ことと表現されておられました)

・茶道の点前は、お客様をおもてなしする気持ちと所作を学ぶために、稽古を積んでいくことだと思っております。

・故に、いくら点前が上達しても気持ちが伴っていなければ茶道を学んでいるとは言えないと思いますよ。

・茶道には、「茶事(ちゃじ)」というもてなしがあります。茶事は、正にもてなし方の集大成かな・・・

・炭で釜の湯が沸く音を聞きながら、懐石料理を頂き、お酒も出されます。最後に主菓子を頂きます。

・この食事・お酒も後に頂くお茶を美味しく頂くための下準備的なもので、食事にも頂く作法の決まりはあります。

・勿論、お客様をもてなす茶道具にも気を配ります。季節やその日の趣向を考えての道具の組み合わせをし、持っておれば○○百万円もする茶道具を使っての会もありますが、それもその日の客をもてなしたいとの思いの一端、道具の品評会にはならないように気を付けたいものですね。

・茶事は約4時間かかります。一般的には正午の茶事として、お昼頃から始め夕方までには終わります。夏の暑い折には朝の涼しい時期に早くから始める「朝茶」(ここ数年は猛暑が続き、朝茶も出来がたくなりました。私は数年前 催しましたが、夏の朝の暑さに凝りて以後しておりません)。また、冬の時期にはろうそく等を灯して夜長を楽しむ「夜咄」(稽古の折には和蝋燭を灯し、雰囲気だけは楽しんでおります)等も。

 

・少し、専門的な話となりましたね。

 

・冒頭で話しました大学での講座、過去二回は講義に重点をおきました。今回は、担当されている先生の意向から、お茶を点てることに重点を置きました。

・2班に分け、二人一組として、まずお菓子を進め、釜から柄杓で湯を汲み茶碗を温め、茶碗の水気を拭きとり棗(抹茶が入っている容器)から茶杓(抹茶を救う竹の匙)を使って抹茶を入、また柄杓を使って茶碗に湯を注ぎ、茶筅でシャバシャバとお茶を点てる。この時の注意事項としては、お茶碗の正面は、茶を点てるときは点てる人の方を、お茶が立ち上がればお客様の方に正面を向けることかな。

・学生さんたちの感想文も頂きましたが、気軽に茶道の一端に触れ、結構楽しんでくれたようでした。

 

・難しいお茶の作法も必要ですが、こんな簡単な作法でもお客様に心を配り、お客さまも有り難くお菓子と点てられたお茶を楽しんでもらうことが出来ました。

・大学での経験を活かし、皆様方が気軽にお茶を点てて飲める場を作ってみたいとも思っております。



 




    
 










 

 

 





 

年4回(1月、4月、7月、10月)開催されております大徳寺三玄会も、令和2年1月以降、お客様をお迎えしての法要も、お茶会も開催は、和尚様の御意向や席主を予定されていた先生方のご意見も踏まえ、控えさせて頂いております。

しかし、法要だけをお寺でされたり、献茶をさせて頂く機会も何度かございました。

去る7月28日には、和尚様と奥様、世話人と私どもの社中4名にて和尚様のお経のもと、献茶をさせて頂き、濃茶・薄茶をお供えさせて頂きました。
 

何時になれば、お客さまにもご参加いただき、献茶をさせて頂き、お茶会も出来るようになるのでしょうか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

厳しい暑さが続いております。

稽古場にては、即中斎宗匠筆の滝の軸を掛けましたが、客座までは水しぶきは届きませんでした。




点前は少々暑苦しいですが、長板の諸飾りで頭をひねってもらいたく準備しましたが、皆さんにサラッとされてしまいました。


8月の次回からの稽古は、逆勝手で、頭を捻ってもらうことに!

でも、逆勝手を暫くしておれば、毎年、私自身も暫くは常の稽古がスムーズさを欠いてしまいます。

でも、半分は楽しみながら指導できます。